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愛嬌、愛らしさ、懸命 静かな思い
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続き物です。
当初の予定ではここまでが1の筈でしたが文字数を見るだに分けて正解だった気がします。
起承転結の承部分なのでちょっと説明くさくなってしまったのが無念・・・
あと旦那が余り出てこないのも無念・・・
早く続き書きたいです。










・佐幸
・戦国



の注意書き文をよくお読みください。










【郷愁の詩 2】







「佐助、体調はどうだ!?ゆっくり休めたか!?遠乗りには行けそうか!?」

ドタバタと激しい足音で佐助の意識は浮上した。

目が覚める、と言う感覚が珍しい。
自分は今眠っていたのだろうか。
この自分が?
幸い幸村が扉を開ける前には起き上がってはおり寝姿を晒す醜態は避けられたが、自分の身に起きた事が理解出来無い。

幸村の方を振り返りながら言われた言葉を反芻する。
体調?休めた?遠乗り?
いや、遠乗りは以前から約束していたから勿論行けるが。
理解が追いつかない事態にこれは一体何事だと佐助は冷汗を流した。

内心の動揺を表に出してはいなかった筈だが、何かを察したのか幸村が訝し気に覗き込む。

「どうした?まだ疲れておるのか?」
「え?あぁ、いや、大丈夫ですよ。遠乗り、行くんだろ?」

取り繕って答えると、幸村の顔がパッと輝く。

「うむ!」

その顔を見るとどんな状況下でも無条件に気が和らぐのが不思議だ。
微笑ましさに佐助の表情が緩んだのを見て安心したのか幸村は仕度をしてくると宣言し、来た時と同様騒がしい足音で去って行く。
いつもの事ながら何とも慌ただしいお人だなと佐助は苦笑をこぼした。

転ばないでよとその背に声を掛け見送って、さてと佐助は気を引き締め直す。
気分が和らいだ所で事態は変わっていないのだ。
状況を整理しなくては。



まず必要なのは情報だ。
それを集めねば話にならない。

佐助の持つ記憶と言う名のそれは遠方の任を終え上田に戻った早朝の時点で途切れていた。
その日は久し振りに遠乗りをしたいと言う幸村の願いを聞き、休みを合わせて出掛ける約束をしていた。
朝からと言われていたが佐助が戻ったのはまだ幸村が起き出すよりも早い時間だ。
間に合って良かったなと思い一度忍小屋へ着替えに戻ったのだ。
そうして着替えを終え邸内に戻ってもまだ時間があったので、少しばかり休もうかと佐助は幸村の部屋がギリギリ見える木の上に腰を掛けた。
太い枝に足を伸ばして座りのんびりと時を待つ。
すると夜通し駆けた疲れが出たのか急に瞼が重くなり、少しだけ仮眠を取ろうかと欠伸の後に目を閉じた。
そこで佐助の記憶は途切れていた。
その後はおかしな夢を見て、目を覚ましたら自室で横になり眠っていたなんて。
有り得ない話だ。
それも幸村の足音を聞くまで気付かなかったと言うのも信じがたい。
そも忍は余程の事がなければ熟睡などしない筈であると言うのに。

取り敢えず誰かに探りを入れるかと考えた所で向こうから先に獲物が来た。
真田忍なら気配で判別がつく。
この気配は小介だ。
才蔵辺りであると厄介だが小介ならば探りを入れやすいと佐助は内心で拳を握る。
今日が遠乗りに行く日であれば小介は確か佐助が戻るまで幸村の護衛であった筈だ。
まず己が戻るまでの夜の様子でも聞いてみるかと佐助が部屋の外の小介を呼ぶと彼は部屋に入るなり佐助の顔を覗き込んできた。
そして第一声が。

「今日はまともみたいですね」

何とも不躾な言葉であった。
まともとは何だ。
余りにも発言に佐助は思わず顔を顰めたが小介は気に止める様子もなく。

「一日寝通して今日まで幸村様に付き合えないとか言ったらはっ倒してやろうかと思いましたけど」
「あ、あぁ、悪い・・・」
「まぁ長は普段から働きすぎの所がありますからね。偶にはいいんじゃないですか」

口調は強いが言葉は気遣いに溢れたものだ。
こいつ、こう言う所が可愛いんだよななどと思いながら先程の幸村の言葉と合わせて状況を整理すると、佐助が上田に戻ってきたのはどうやら現実では昨日の事となっているらしい。
それから己の体調不良で遠乗りは中止となり、一日寝倒して今日が延期になったその日であると。
信じられないがつまりはそう言う事になっている様なのだ。

幸村と小介が嘘をついている様子はないし、二人が己の体調不良と予定の延期を知っている辺りにそれを告げたのは己と思われる。
しかし佐助にその記憶はない。
ならば偽者の可能性を一瞬疑うが、真田忍の小介は勿論幸村もこと佐助に関しては妙な勘を発揮して見せ他人の変化や変装は尽く見破ってしまう。
その癖お面一つで佐助と天狐仮面が判らなくなると言う事もあるのでその辺りは少々自信がなくなる所だが。
ともあれそんな二人を同時に騙し抜くと言う事はほぼ不可能だと思われた。

適当な相槌をうち小言を流して小介を部屋から追い出し佐助は考える。
丸一日記憶をなくすなんて、そんな事が有り得るだろうかと。
催眠や薬なども考えたが仮にも真田忍の長である己を相手に、しかも真田忍の本拠地であるこの上田で、そんな事が可能かと問われれば答えは否だ。
身内の実験や悪戯ならまだ多少有り得そうだがそれならば今の小介の反応などで佐助は気付く筈なのでやはり可能性は低いと思われる。

そこで引っ掛かって来たのが佐助が夢と断じていた途切れた記憶と今の間にある出来事だった。
そこは佐助が見た事もない不思議な世界で、今よりずっと簡素な布を身に纏い、よく分からない物に囲まれていた。
兎に角周囲は煩くて、風の音も虫の声も獣の声も聞こえなかった。
山は何処にも見当たらず、継ぎ目のない石垣の様なもので出来た建物が犇めいていて。
平屋ではなく何段もの階層になっている辺りは城と同じだが近距離に幾つも建っている光景など佐助はこれまで見た事がなかったので驚いた。
佐助がいた場所も壁を挟んですぐ隣から得体の知れない気配が幾つも近くを行き来して。
敵意は感じないが防具も無い上に武器も無い状態では余りに物騒だと取り急ぎ佐助は今いる部屋を探し、棚から包丁を見付けたのでそれを手にした。
夢なのだからそこまで気にせずとも良いのかも知れないが、精神に与えられた衝撃で死に到る場合もある。
たかが夢でも用心に越した事はないと佐助は思ったのだ。

武器替わりの包丁を握り壁を背にして床に座り込み、あとはひたすら周囲の気配を伺いながら時が過ぎるのを、目が覚めるのを待っていた。
佐助がこの部屋で最初に外を見た時陽はまだ中天に差し掛かるより前だった。
其処から僅かに西に傾き掛けた頃になると妙な疲れを感じて瞼が重くなり始め佐助はおかしいと思った。
まだ二刻半程度しか経っていないにも関わらずこの疲労とは。
落ちかかる瞼を何とか抉じ開けながら佐助はこの訳の分からない世界に探りを入れるべくほんの僅かにだけ痕跡を残す事にした。
夢ならば消えて終わる。
しかしもし違い此処が異なる世界であれば後々何かの目印になるかも知れないと。
半紙の様に真っ白いしかしそれより随分と厚い紙に筆らしき物で書いたのは暦と名前だ。
忍が己の名を残すなど常ならば有り得ないが敢えて書いた。
仮に誰かに見つかっても真田の一部の忍しか知らない忍文字である為読めはしないから問題はない。
そうして元の位置に戻りまた座り込んで今度こそ瞼が落ちて、気付いたら幸村に名を呼ばれていた。

あの不思議な体験が夢ではなく今回の記憶の一部喪失に何か関わりがあるのだろうか。
しかし確かめるにはまだ判断材料が足りなすぎる。

「佐助、まだかー?」

考え込む前に聞こえた幸村の声に佐助は我に返る。
分からない事だらけだが、取り敢えずは己の記憶以外は然したる問題は無さそうなので様子を見るしか術はない。

「はいはい、今行きますよー」

幸村に不審を抱かせない為にも今は約束の遠乗りに付き合うのが一番だ。
今回限りでまたおかしな事が起きぬ様。
佐助は願って幸村の元へ向かうべく散らかった部屋もそのままに駆け出したのだった。










「――で、何だこれ?」

部屋のあちこちに散らばる本の山に佐助は頬をひきつらせる。

「何って・・・長が用意させたんじゃないですか」

佐助の願いも空しくおかしな出来事はあの一度きりでは終わらなかった。
また同じ夢を見て、起きたら今度は大量の書物に囲まれていた。
部下の話では次の任務に必要だからと佐助が自分で幸村に断った上で書庫から借り受けて来たらしい。
当然佐助に覚えはない。

確かに集めた書物は周辺諸国についてや兵法についてのものが多い。
幸村も特におかしくは思わなかったであろうが。

「急に部屋の大掃除始めたり最近どうしたんですか?何か変ですよ?」

小介の方は若干訝しんで来ているらしい。
虎の巻まで引っ張り出していては当然か。

何なのだろうか。
本当に偽者が侵入しているのか?
しかしそれにしては周囲が落ち着き過ぎている。
小介の訝しみも佐助は佐助であると認識した上で行動がおかしいと言っているだけなのだ。
佐助の意識がない間に何か行動を取っているのは少なくとも体は佐助本人なのだと思われる。

片付ける振りをして何か異変の痕跡は無いかと注意深く周囲を探り、そして佐助はふと気付いた。
書物の間に隠すように挟まれた紙の存在に。
周りに誰の気配も無い事を確認し、しかしそれでも隠すように部屋の隅でこっそりそれを開いてみる。
すると書かれていたのは。

天正十九年、猿飛佐助。

何やら覚えがある。
少し前に己が書き記した暦だった。
それも夢の中で。
しかし一部違うのは暦の隣によく分からない単語が書かれていた事だ。
何かの暗号か、それとも造語か。

「に、西・・・歴?」

そんな文字が書かれていた。

西の歴とは何なのか。
西とは何処だ?
大阪や京の事だろうか。
あちらは今豊臣が勢力を拡大している。
当然そこにも忍を潜ませているが聞いた事もない言葉だ。
書かれているのはそれだけではなく更に数字も。

「千五百九十一年?」

天正十九年(西暦千五百九十一年)猿飛佐助。

これは己の書いたあの文を見た者の仕業に違いなかった。

更に紙はもう一枚存在し、それにも似た様な文体で文字が書かれていた。
しかし此方はよく分からない年号と同じ西の歴と、それから同じ己の名前。

平成三十年(西暦二千十八年)――――
  
最初何の事かは分からなかったが佐助はふと思い出す。
この文字、夢の中で壁に掛けられていた暦と同じものだ。
つまり二枚の紙は一枚目は己が夢で書いた文をそのまま写し、西暦とやらを加えたもの。
二枚目は夢の中の暦を書いたものなのだ。
とすれば恐らくであるがこれを書いた人物は佐助が残した痕跡を見つけ、その証拠に一枚目を、そして二枚目に夢の中の歴を書いたのだ。
西暦と言うものが年号の別の数え方としたら夢の中は今から約四百年以上後の世だと言う事だろうか。
そんな馬鹿なと思いはしても状況は佐助の仮定を肯定している様にしか思えず。
つまりはこれは夢なんかではなく――・・・

そう、思わざるを得なかった。




















これは夢ではないのではと、そう思ったのは再び同じ状況に陥った時だった。
目覚めるとまた見知らぬ景色。
二度目となると若干の冷静さを保っていられた。

最初は本ばかり読んでいたから、あの人に会いたいとばかり思っていたから、また同じ夢を見たのかと思った。
しかし見れば見る程光景は細かく感覚はリアルで、起こった出来事は詳細だ。
奈良、平安、鎌倉と言う大まかな歴史の流れも、その中で起きた事件も。
真田に関する本を読んでいる時に知った浅間山の噴火も聞いてみたところ年も日付もぴったり同じだった。

本当にここは過去の戦国時代なのだろうか。
己はタイムスリップをしていると?
否、タイムスリップと言う言い方は正しくないかも知れない。
この体は己のものではなく恐らくこの時代の猿飛佐助のものだから。
とすると彼と己にどんな関係があるのかは知れないが、池に映った姿は体格は兎も角顔はそっくりだったので所謂前世と言うやつだろうか、分からないが、可能性としては二人の精神が入れ替わっているのではと考えざるを得なかった。

その仮説を確認しようと試したのが猿飛佐助にメモを残す事だった。
彼が暦と己の名を残した様に己も暦を記してみせた。
比較の為に西暦も加え、己がどれ程先の世の人間であるか、入れ替わった彼のいる世がどれ程先の世であるかを知らせる為に。
彼の前回のメモをカレンダーの脇のボードに貼り付けておいた自分は我ながら先見の目があると自画自賛する。
これで猿飛佐助は二度目の入れ替わりで西暦や彼が知らぬであろう平成の名を見た上で戻ってから己の残したメモを見る事になる筈だ。
忍と称される男ならそれできっと何かを察するだろう。
そう思った。

その為にと借りるべくこの間の男の小介に頼んだ紙と筆。
気軽に尋ねると非常に驚いた顔をされたのは意外だった。
更に幸村が帰ってこないと何とも言えないと。
幸村は今武田信玄の元へと行っているらしく、帰ってきたら自分で頼むようにとも言われた。
何故かと思ったが、紙と墨など忍は殆ど使わないのだと少しして気付いた。
そうだ、最初に彼からのメモがあったから思い至らなかったが忍が証拠に残る物など早々使う訳が無い。
思えばこの身体ならば忍術も使えるのだろうかと探した忍術書、所謂虎の巻も術の名前ぐらいしか書いておらず詳細は載っていなかった。
詳しくは口伝となっているらしい。
それはそうかと思い至った。

幸村の帰還を確認し、紙と墨を不思議そうにされながらも無事借り受け、目的の事を記した後に思ったのは、ならばこの紙も見つからない方がいいのかと言う事だ。
思ったので書物の間にそっと隠した。
木を隠すなら森の中、紙を隠すなら書物の中だ。

そこまで終えて部屋の中で一息つき、考えたのは今向こうに居る猿飛佐助の事だった。
今彼は己の中で何をしているのだろうか。
過去ならある程度の情報はあるが、未来に飛ばされるのはさぞ困る事だろう。
次の時には色々向こうでの過ごし方についてメモを残しておいてやろうか。
しかしそうして余計な騒ぎを起こされても困る。
何しろ相手は戦国時代の忍。
何も無い部屋で包丁を手に警戒をしていたと思われる男だ。
外に出る事を覚えうっかり刀傷沙汰など起こされては大問題だ。
やはり余計な事はせず部屋に籠っているようにと書いておこう。
そう決める。
しかしそんな心配をせずともあの佐助はあちらの世の事など気にもかけていないかも知れない。
ただ早く元の世界に戻りたいとだけ思っているのではないか。
離れた主の元に、早くとだけ。
何しろ周囲の話を聞くだに、否実際は己の事なので聞かされると言う言い方が正しいか、ともあれ周囲の反応から察するに、彼は酷く心配性と言うか、主に対して異様に過保護な男な様であるし。

しかしまぁ気持ちは分かると言うものだ。
あの幸村と言う人物は構いたくなると言うか放っておけないと言うか。
何と言うか姿形ではなく人柄が非常に可愛らしい人である。
先程紙と墨を借り受けた際も不思議そうにした後は非常に興味津々で。

「文でも出すのか!?俺にも書いてくれ」

そう強請って。
違うと幾ら言っても疑いの目を向け周りをうろちょろと付いて離れず、顔を覗き込んでは嘘をついて居ないかと突き止めようとしていた。
だから先程知ったそれらしい事を告げて煙に巻こうとしたのだが。

「忍は文なんて後に残るから早々書きませんって」

言うとお前はそればかりだと分かりやすく拗ねて見せた顔は可愛かった。

「別に他愛ない事なら残ったとて構わぬではないか」
「他愛ない事って、例えば?」
「空が綺麗だったとか、雨に降られて大変だったとか、後は・・・」
「後は?」
「何処の店の団子が美味かったとか!」

余りにも力強く言うので思わず吹き出してしまった。
何だよそれと苦笑すれば、本当に何でもいいのだと幸村は言った。

「お前が綺麗だと思ったもの、楽しかった事、大変だった事、好きな物、嫌いな物・・・」

お前の気持ちが知りたいのだと余りに真剣に言うから。

「何それ、俺様に恋文でも書けって言うの?」
「こ・・・!?は、破廉恥な!」

揶揄えば幸村は真っ赤になって唇を尖らせていた。
その顔がやっぱり可愛かったのでじゃあその内ねと答えて見せれば彼はパッと表情を明るくして。
まるで遠出の約束をした時の様。
綺麗だと思った物をと言うならその笑顔だ。
思ったけれど、それは流石に書けないなと頬を掻いて視線を逸らすしかなかった。










そうして三度目の入れ替わりの時、佐助の部屋には既に何も書かれていない紙と墨が小さな台の上に用意されていて疑いは確信となった。
二人の精神は入れ替わりを繰り返しており、猿飛佐助もあのメモを見てそれに気付いたのだと。
一緒に置かれていた書物は恐らく己が知っておいた方がいいと佐助が用意した物だろう。
素直に目を通すと間に小さいメモが隠されていた。
前回の己を真似たのだろう。
彼からのメッセージを確認しようとそっと開く。
するとメモは非常に短く端的に書かれていた。
なるべく人と接するな、喋るな、情報は忍の命だと。
幸い世は豊臣の勢力が拡大し、戦はかなり減ってきている。
甲斐も様子を見ている状況で大きな動きがない限りは暫くは安定しているものと思われると言う様な事も要約して書かれていた。
佐助は入れ替わりの間の己の戦闘面をかなり心配している様だ。
仕方ない。
彼は忍長と言う立場柄恐らくかなり大きな戦力だ。
それが一気に失われたとあっては、またそれが周囲の、況してや敵国に知れてはそれは大きな狙い所となるだろう。
しかし、自分としてはそれは不要の心配となりそうな気がしていた。
戦になっても何とかなりそうな気がするのだ。
何かあっても身体は無意識に動くし特殊な術も体が覚えている。
最初こそ木から落ちるへまをしたが、以降は幸村に不審に思われる事もない。
問題は現代の精神の己が人を殺せるかどうかだが。
しかし感覚もこの時代の身体に引きずられるのか、幸村に無理やり連れていかれた狩りで動物を仕留める事も捌く事も何とも思わなかった。
戦でもその場に立てば大丈夫なのではないかと思っていた。

他に書かれていたのは人の名前だ。
なるべく人と接するなと書かれていたが現代と違い此方の世ではそれが完全には無理だと言う事は彼も分かっているのだろう。
必要最低限の、部下の忍隊の名前が一通り記されていた。
そんな簡素なメモと打って変わって違っていたのが二枚目だ。
書かれていたのは主の事、真田幸村の事。
好きな食べ物、好きな甘味の店、休日に行く場所、鍛錬の時間。
真面目な性格だが政務は苦手で偶にさぼろうとするから見張りが必要であるとか、逆に鍛錬は好き過ぎて直ぐやり過ぎるから違う意味で見張りが必要だとか。
水分補給は此方が見ていてやらなければならない事、偶に道場にも行く事、そこで会いたがる天狐仮面の事。
自分の事だがお面だけで幸村は別人だと信じ込んでいるから話が出たら合わせておく様にとも書かれていた。
そして最後に。
“何か旦那が文はまだかまだかって煩いんだけど、お前変な約束勝手にしないでくれる”――と。思わず笑ってしまった。

「いいじゃん、恋文でも何でも書いてやれば」

思わず口にして、返信としてそれをそのまま紙に書いて。
書きながら、猿飛佐助は幸村の事を旦那と呼んでいるのだと知る。
あぁ、いいな。
今度俺様もそう呼ぼうと強く思う。
幸村の名はとても好ましいけれど、何故か胸が締め付けられて仕方がない。
勿体無い様な、恐れ多い様な。
旦那、と呟くと酷く馴染んで心地が良い。

「佐助―!おらぬかー!?」

感慨に耽っているとそれを吹き飛ばす程の大声で名前を呼ばれ我に返る。
丁度いいと先程練習した呼び名を口の中で転がす。

「はいはい、旦那。何か用?」

早速呼んでみると一瞬目を見開いた彼が花が綻ぶように笑って。
その笑顔もまた眩くて綺麗だなと思った。










その後も不可思議な現象は続いたが特に大きな支障はなく事は進み、歴史の流れも入れ替わりが原因で大きく逸脱している事は無い様だった。

原因や理由は解らぬままだが新たに判明した事も幾つかあって。
それは此方の時間軸と彼方の時間軸はどうやら一致をしていないらしいと言う事だった。
此方の時間では入れ替わりは一、二週間に一度と言うペースで起こるのだが向こうに行くと平気で数ヵ月、下手をすると一年が過ぎていたりする。
気付いた切欠は猿飛佐助が此方のメモに日付も残すようになった事。
更に彼方に飛ばされるのは残されたメモの日付より後の時間だと気付いたのもこの時だった。
日付を残す様になったのは恐らく先に気付いたであろう彼の優しさか、或いは単に己がボロを出さない様にと言うだけかも知れないが。
ともあれそれを知れば更に対策は立てやすく、残されたメモの日付の前後の歴史を予め調べておけば慣れぬ戦国の世であっても有利に事を進められた。

目が覚めて、まず佐助の残したメモを確認し、その時代についてを調べる。
それがもはや日常と化して凡そ四半期。
慶次には「さっちゃん、最近何か活き活きしてるね」などと言われてしまったが浮かれている自覚は自分にもある。
ただ彼を思う、彼の元へと願う。
それだけで己の中の何かが変わった気がした。



入れ替わりが起きた時は必然的に学校を休む羽目になるのでそれ以外の時は一応真面目に学校にも行っている。
しかしその間も考えるのは彼方の世界の事だけだ。
だって向こうの世界の方が何故か己には居心地がいい。
否、違う。
居心地がいいのは幸村の傍だ。
次あの人の元に行けるのはいつだろうか、あの人が生きている時代はどんなものだろうか。
考え、願い、メモに残っていた時代をスマホで調べる。

「今度は・・・慶長一年、か・・・また年号変わったんだな…」

流石戦国時代。
目まぐるしいものだと画面に並ぶ文字を追う。
すると。

「さっちゃん、また歴史調べてんの?最近好きだねぇ!」

ドンッ、と背後から衝撃と声。
気配は感じていたがまぁいいかと放っておいたら予想以上の衝撃に咽せ、その状況に些かの既視感を覚えながら溜息を吐く。

「前田、その呼び方止めろって・・・あぁ、もういいや・・・」
「お?何か心境の変化?最近さっちゃん何か楽しそうだもんねぇ。休んだ次の日は特に!」

言われて一瞬ひやりとした。
見抜かれている。
この間の事と言い、この男はこう言う所が面倒なのだ。

「学校休んで史跡巡りでもしてるの?」

その問いにはこれ以上探られてなるものかと思った結果無視をしたが、慶次は引かずにねぇねぇと更に押し迫ってくる。

「教えてくれてもいいじゃん。これでもずっと心配してたんだぜ?」

彼の言葉には本心が伺えた。
確かに慶次とは中学からの付き合いだが、周りに“馴染めぬ”ではなく“馴染まぬ”己をずっと気にかけてくれていた事は知っている。

「さっちゃんて、人当たりいい様に見えて超壁作ってるし。俺に対しても・・・こないだも言ったかもだけど何か此処にいないって言うかさ・・・よく夕日とか見てぼーっとしてる時とか、黄昏時だしそのまま消えちゃうんじゃないかとか思ってたよ・・・」

多少の罪悪感に真面目に聞いてはいたものの、最後に妙に幻想的な事を言うから思わず笑ってしまう。

「何それ」
「えー!だって昔から神隠しとか言うじゃん!俺の実家周り山ばっかりだからよく聞かされたんだって!」
「あぁ、確か石川だっけ?」
「そうそう!黄昏時の山とか川は危ないから気を付けろ、黄泉と繋がるぞ~って!」
「そっちなら海じゃないの?」
「海は黄昏時じゃなくて夜!死者に引き摺り込まれるぞって脅かされたなぁ」

まぁ実際それらは危険な行動を止める事が目的の作り話である事が多いが、確かに自分も小さい頃に大人から聞かされた記憶がある。

「ま、さっちゃんが幸せそうならいいけどさ」

そんな真っ直ぐな言葉を満面の笑顔で言われては幾ら他人に興味が無い己でも流石に面映い。
まるであの人みたいに真っ直ぐな言葉を。

「・・・そりゃどうも」

照れ臭くてそれだけ返していたたまれずに視線をスマホに戻した。

すると賺さず慶次はそれを覗き込んで来る。
曰く、そこまでさっちゃんの心を掴んで離さない相手は誰だ、との事。
先程のやり取りで多少絆された己がいるのか一瞬避ける手が遅れてしまいスマホを握る手を取られてしまった。
まぁ別に見せたからどうと言う訳では実際ないので嫌な顔をしつつもそのままにしておくと慶次は画面を見て、あぁと得心した様に頷いた。
“慶長一年”の隣に並んだ“真田幸村”の文字。

「さっちゃん、確か長野出身だったっけ?なら彼は英雄かもね!」

流石に有名どころの武将だ。
慶次も知っていたらしい。
高らかに真田幸村を語って見せた。

「最期まで戦い抜いて美しく戦国の世に散った武人!浪漫だよねぇ!」
「・・・・・・・・・え?」

思わず言葉を失った。

そうだ。
思い出す。
目先の彼の事しか見ていなかったが、史実での彼の最期は大阪夏の陣で――・・・

何故忘れていたのか。
出会い、一緒に居られて、それだけで浮かれきっていた自分を殴りたい。

突然思い知らされた事実。
目の前が闇に包まれる。
愕然と立ち尽くす己を慶次が心配する声も今は何も聞こえなかった。





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戦国BASARAの佐幸と真田主従と武田軍と西軍大好きなBASARA初心者です。
3→宴→2(プレイ途中)からの現在は4に四苦八苦中(笑)
幸村が皆とワイワイしつつ、佐助に世話を焼かれているのを見るのが何より好きです。
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