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ずっと書きたかった幸村と西軍のお話。
ずっと書きたかったのですが・・・要修行です(汗)
西軍と言いながらほぼ半兵衛様オンリーです。(他は皆友情主演程度)
・真田主従+西軍(主に半兵衛)
・微腐
※何でも許せる方向け
【徒花の夢】
幸村がその人を実際に見たのはこの時が初めてだった。
「真田幸村君?」
不意に名前を呼ばれ戸惑う。
竹中半兵衛。
豊臣の総大将である秀吉の親友であり、最高の軍師と言われる男だ。
今日は秀吉と共に信玄との会談の為この躑躅ヶ崎館に訪れていた筈だ。
未だ信玄達は部屋に籠ったまま、話は続いているらしいが彼一人が何故此処に。
そして何故己に。
不思議に思っていると彼は君と話をしてみたくてね、と。
「信玄公に頼んだらこの離れの庭にいる筈だと」
「そ、某とでござるか・・・?」
どうやら声を掛けられたのは間違いと言う訳ではない様で。
話してみたいと言うのは非常に光栄な事だが何故と言う思いは拭えない。
豊臣の二番手、右腕とも称される程の男が何故己などと。
「そんな謙遜をしなくても、懐刀と呼ばれた祖父に両目と呼ばれた父の血を引く信玄公の唯一の愛弟子。武田の次代を担うのは君だろう?」
それは即ち武田の実質二番手だ。
二番手同士是非話をしたいものだと彼は言ったが。
確かに形だけの立場を見れば自分達は同じやも知れぬが、参謀と名高い彼と単に後継を託されただけの自分では今背負う物も役割も遥かに違う。
寧ろ武田での今の彼の立場と言うならば、己よりも佐助の方が近い気がする。
「あやつの方が貴殿と話も合うのではと思われますが・・・」
軍略、戦略、世の情勢。
何れに関しても己よりもきっと佐助の方が話は進む。
それが面白い物となるかは別として。
己も学んではいるがまだまだ未熟で。
経験も併せて佐助の方が遥かに詳しいのが実情だった。
故に呼びましょうかと幸村は尋ねたのだが、半兵衛は苦笑し首を振った。
「いや・・・そう言えば、彼は君の副将なのだったね」
「はい。未熟な某を支えて貰っております」
「忍が副将とは、また・・・」
幸村はあっさりと言い切ったがそれは凄い事なのだと半兵衛はつくづく感心したように告げた
幸村も一般的な忍がどのような立場に置かれているかは知っている。
そして真田の、己の彼らに対する態度が特異なものである事も。
しかし知ってはいても納得は出来無い。
「忍を副将とする事はそんなにおかしい事でありましょうか?」
佐助は実力も然ることながら見識も深い。
更に幸村の事をよく知り無茶な行動は諫めてくれる。
大将を担った時、副将を彼に頼む事は幸村にとっては極自然な事であったのだが。
それに対する半兵衛の答えはこうだった。
「あれらは所詮人ではない。道具だからね。」
幾ら長年連れ添おうとも使い勝手が良かろうとも、僕はこの剣を副将にしようとは思わない。
そう言う事だと半兵衛は腰の凛刀雫掛を手にしてそう言った。
その答えを幸村はある程度は予想していた。
しかし実際に聞けば歯痒いものだった。
幸村にとって忍は道具ではない。
共に戦い、苦楽を共有する彼らを幸村はどうしても道具とは思えないのだ。
「君は彼らを人として見ているんだね」
優しいねと半兵衛は言った。
そして笑った。
微笑みとは違う、苦笑と言う様な曖昧な笑み。
「・・・っ」
咄嗟に幸村は何かを言おうとして、しかし言葉に詰まり出来ずに終わる。
もやもやとした思い。
形にするより先、話が終わったのか信玄が秀吉を伴い離れへの渡り廊下までやってきており、そして秀吉が半兵衛を呼ぶ。
「それじゃあ、幸村君・・・君とはまたいつかゆっくり話がしたいな」
その時間と機会があればいいのだけれどと言い残して半兵衛は背を向けた。
振り返り様の微笑みが儚く見えたのはその容姿の所為だけではきっとない。
それは足利義輝により天政奉還が行われるより前の事。
そも、幸村が忍との距離が近いのは恐らく幼少時から彼らが身近な存在だったからと言えた。
本来忍とは夜の闇に隠れ、主人と言う限られた者の前にしか本当の姿は現さない存在だ。
幼子なら尚更に。
暗殺対象にでもならなければ恐らく物心がつくまで目にする事は決してない。
けれど幸村は違った。
弁丸と呼ばれた幼少時、物心つく前から既に佐助が当り前の様に傍にいた。
影守人して、そして傍付きとして。
それは妾の子であると言う彼の出生が関わっているのだが、それは今となってはどうでもいい事で。
ともかく、幼い子供には時に手を引き、時に抱き、傍に在る存在が心の無い道具とは到底理解が出来ず、人であると信じて疑わぬまま育ってしまった。
結果、信玄や昌幸でさえ引いていた忍との一線を幸村は引けないまま。
己の腹心であり、友であり、家族であると、そうあって欲しいと本気で思い願っている。
その為彼らを侮辱されれば武田のお偉方相手であろうと構わず食って掛かり、揉め事を起こした事も一度や二度では無い。
そしてその度に育て方を間違えたかねぇと佐助に溜息を吐かれるも、その言葉が家族のそれの様で思わず口元を緩め、反省しろとまた叱られる事も屡々。
それはさておき天政奉還である。
時の将軍足利義輝がその地位を退いた事により各国が一様に動き出し周囲は俄かに騒がしくなった。
武田も当然遅れは取らぬと動き始め、おかげで最近の佐助は諜報の任に出ずっぱりの状態だ。
鳥での報告は受けているが姿を見るのは非常に稀で、その日見かけたのも夜にまた偵察に赴く前のほんのひと時。
幸村が政務の休憩にと外の空気を吸いに廊下に出た瞬間の、ほんの偶然だったのだ。
佐助は縁側で武器の手入れしていたので、幸村は声を掛けて隣に座った。
「何だか久しぃな」
そんな挨拶を佐助に改めて擦るのは何だか気恥ずかしい気がしたが、実際顔を合わせるのは久し振りなのだから仕方ない。
落ち着かな気に視線を逸らしながらそう言うと、佐助も確かにと言って笑った。
その一言で空気がいつものものに戻る感覚が心地いい。
「俺様が見張って無くてもちゃんとお仕事してる?」
いつもの会話に戻れば自然と出るのか二言目は既に小言もどきの母親のような言葉だった。
当然だと頷けば佐助は揶揄う様に疑いの目を向ける。
ニヤニヤと楽し気に。
「書類に涎垂らして寝たりしてない?」
それは昔幸村が実際にやらかした失敗だ。
大事な書簡に涎を垂らし、どうしたものか乾かせばバレないかなど佐助と奮闘したのも懐かしい。
「も、もうしておらぬわ!」
拗ねた様に唇を尖らせると佐助も笑ってごめんごめんと謝罪の言葉を口にする。
元より本気で疑っていた訳ではない。
単に言葉のお遊びだ。
謝られてしまえばそこで終了。
それ以上に怒る事もせず拗ねもせず、幸村は代わりに尋ねる。
「お前こそちゃんと寝ておるのか?」
最近夜は連日出ている佐助は恐らく碌に休んでいないだろう。
己の転寝の心配などよりそちらの方を心配しろと幸村としては言いたくなるが。
しかし佐助は大丈夫だと首を振り。
「交代で休憩は取ってるし、忍は少しぐらい眠らなくても平気なんですよ」
彼らはいつもそう言うけれど、耐えられると言うだけで辛くない訳では決してない事を幸村は知っている。
彼らとて人間だ。
休息は必要なのだ。
だからと幸村は思い付き、手を伸ばし佐助の頭を抱えるとそのままぐいと己の方に引き摺り倒した。
伸ばした足の上に落ちて来る上半身。
少し距離を取り頭が丁度足に乗る所で動きを止める。
所謂膝枕と言う奴だ。
「少し休め」
「俺様まだやる事あるんですけど・・・」
「部下に変わって貰えばよかろう。お前が育てた部下なら雑事ぐらい不備なく熟す」
お前のこれからの仕事は俺の供だ。そして俺はしばしここで休む。お前もこのままここにおれ。主然としてそう告げて。
そうしてここで休ませようと言う算段だ。
忍は人前では眠らない。
だから佐助もきっと眠りはしないだろうが、眠らずとも横になっているだけでも疲れは取れよう。
するとそんな幸村の思いを悟ったのか佐助は苦笑し膝の上で肩が揺れるのを感じる。
「主様の膝枕付きの休息とは贅沢な事で」
軽い口調。
しかし言葉は幸村の行動を受け入れてくれるものでほっと安堵した。
そしてその時、その言葉は聞こえた。
「旦那は優しいねぇ」
ぴくりと思わず肩が揺れた。
「旦那?」
「あ、いや・・・」
即座に佐助が怪訝そうに見上げるので幸村は慌てて何でもないと首を振った、
実際何でも無い、大した事ではないのだ。
佐助の言葉に、ふと以前に同じ台詞を言われた時の事を思い出しただけで。
「お前は、今夜も出るのであろう?何処へ行くのだ?」
取り繕う様に話題を変えれば佐助は暫し幸村を見詰めたものの、結局話を合わせてくれた。
西の先に今夜は向かうのだと佐助は言った。
毛利が豊臣と水面下で接触を計っていると言う噂があり、それを探ってくるのだと。
しかし幸村は咄嗟にそれが嘘だと分かった。
根拠はない。
ただの勘と言われればそれまでだが、しかし恐らくこの勘は間違っていないと幸村は確信していた。
だが分かってもそれを佐助に指摘する事は出来無かった。
本当は何処に行くのか、何をしに行くのか。
聞きたいけれど聞けなかった。
主として聞き出す事は出来たけれど、嘘を吐くと言う事はそれは即ち佐助が幸村に知られたくないと思っていると言う事だ。
そう言う任務だと言う事なのだ。
任務の内容を知ったからとて己の気持ちが変わる訳では決してないが、何となく無理矢理暴く事が躊躇われて幸村は物思いに耽る。
すると髪に触れていた手が強張っていたのか、佐助がその手を握って来た。
「何か悩んでる?」
触れた手は冷えたそれを温めようとするかのように。
実際には幸村の方が体温は高いが、そうしようとする佐助の心根が温かく幸村の熱を取り戻していく。
「大丈夫だって。ちょっと様子を見たらすぐ戻ってくるからさ」
大変な任であろうに幸村に心配をかけまいと笑う様が切なく愛おしく幸村は頭を抱え耳元で告げる。
「無事に帰れ・・・」
口に出来たのも願うのも、実際にはただそれ一つ。
その日の夜、幸村は中々寝付く事が出来ず褥の上で寝返りを打った。
昼の事がどうしても心に残り感情が晴れない。
そうして何度目かの寝返りを打った時、外に気配を感じて幸村は起き上がる。
静かに障子を開け外を見る。
すると遠くの櫓の上に佇む人影が見えた。
幸村が見間違える事は決してない。
佐助の姿だ。
恐らくこれから任務に出るのだろう。
行先は、徳川かと幸村は推察していた。
徳川が豊臣から離反しようとしているとの情報が武田には佐助の手によって齎されていた。
強引な豊臣とそのやり方を快く思わない徳川の両者の間には溝が出来始めていると、少し前にそう報告を受けていた。
共に天下を狙う勢力の内でも豊臣は強大だ。
徳川が離反し、戦力が削れるならそれは是非も無い事である。
しかしそう単純にもいかない為佐助達がきっと手を加えにいったのだろう。
そこは忍の本領だ。
武士は大方においては表立ってしか動けない為幸村に手伝える事は何も無い。
全て戦や会談、同盟など、表の世界だけで決着を付けられればいいのだけれど、世の中はそうはいかなくて。
水面下のこうした駆け引きが非常に重要となってくる。
そしてそれは幸村が苦手とするもので、真田では佐助が一手に引き受けてしまっている所がある。
本来そう言った事は主が考え忍はただそれを実行に移すだけなのだが、佐助はその両方をこなす。
酷な事をさせていると思う。
そしてそう思えば唐突に以前の半兵衛との会話を思い出した。
忍は道具だと。
あの時己は違うと反論し、優しいと言われて何かが胸につかえて言葉に詰まった。
あの時の彼の優しいと言う言葉はきっと褒め言葉ではなかっただろう。
今なら分かる。
彼らは道具であろうとする事でその心を守っている。
表立っては出来無い様な汚い仕事も彼らは担う。
本来心を持っていては罪悪感に耐え切れない様な事もだ。
心を持たずにいる事は、過酷な状況を生き抜く彼らの術だ。
そんな彼らを人として扱う己は――
優しいのだろう。
そして残酷なのだろう。
思い悩むまま時は過ぎ、しかしそれを抱えたまま幸村は武田の大将として上杉との戦に備え川中島に陣を張る事となった。
道中霧が立ち込め、一先ず休息し霧が晴れるのを待つ。
そこに豊臣の襲来があった。
幾つも張った陣の一つが破壊され、幸村達はそれに気付いた。
煙は霧で見えないが、音と忍達の纏う空気が変わった事で幸村も顔を険しくさせる。
道はほぼ一本道となっており、前には佐助も守っている。
大丈夫だと思いつつ、心配で前へ出ようとするのを止められない。
途中、忍から受けた連絡によると、豊臣軍の襲撃と思っていたがどうやら秀吉はおらず竹中半兵衛単騎での出陣らしかった。
豊臣はつい先日徳川が豊臣から離反したばかりの筈だが。
それで先を焦ったか。
ともかく攻め込まれたなら迎え撃たねばなるまい。
幸村は各部隊に指示を出し迎撃に備えた。
半兵衛単騎との報告を受けている時には既に二つ目の陣も破壊され、更に進まれ今は佐助が相手をしているとの事だった。
櫓から乗り出し下を見る。
2つ程下の一番広い水場で佐助は交戦中の様であった。
霧が徐々に晴れ、戦闘の様子も僅かにだが捉えられる。
二人の声も聞こえていた。
「おたく、こんな所までくるなんて暇だねぇ。今徳川が離反して大変なんじゃないの?」
「本当だよ。君のおかげでね」
「何の事だか?俺様さ~っぱり」
「惚けても無駄さ。君だろう?風魔のいない北条を狙って豊臣にけしかける様仕向けたのは」
半兵衛の声には若干の苛立ちが込められている様だった。
しかしそこは佐助も慣れたもので。
意に介した様子も無く言葉を返す。
「仕向けたなんて人聞きの悪い。ちょーっと小田原の城下で皆さんとお話ししただけですよ俺様は」
風魔は何故か松永について小田原にはおらず、氏政も城にはいなかった。
主も傭兵も失いぼろぼろの小田原。
噂を流し人心を惑わし望む方へと傾けるのは容易かったと佐助は言った。
おかげで豊臣は北条との戦を余儀なくされた。
幾ら傾きかけているとは言え小田原城は堅牢な城だ。
結果厳しい籠城戦となり、手段を選べずかなりの激戦となったそうだが詳しくは知らない。
ただその余りのやり方に家康は反発し、その後離反をしたと言う。
「まんまと乗せられてしまったよ」
全ての元凶は佐助だとでも言う様な口ぶりだが、佐助もそこには言い分がある様で。
確かに流れを作ったのは自分だが、八王子の凄惨な結末は紛れもなく彼ら自身の行いであり、ともすれば
徳川の離反は自明の理とも言えるものだとの事だった。
だから躊躇う事などなかった・・・筈であったが。
「君の暗躍・・・幸村君が知れば、どう思うだろうね」
「・・・っ」
その言葉に、一瞬だけ佐助が揺らいだ。
「さあて、ね・・・ここで口を封じれば、その心配もないさ」
直ぐに持ち直し何でもない風に返したものの、元より力の拮抗した二人だ。
一瞬の揺らぎが明暗を分ける程の差となり得てしまう。
そしてその隙をやはり見逃さなかった半兵衛が佐助の武器を弾き飛ばし更に刃を突きだした。
二人の間に距離はあるが、半兵衛の武器は鞭のように伸びて撓る。
刃が佐助に当たる。
思った瞬間、幸村は叫んでいた。
「佐助退け!」
「くっ・・・大将のご命令とあらば」
胴回りに半兵衛の刀が当たったのか鋼のぶつかる激しい音。
最後に佐助の言葉が聞こえ、辺りは静かになった。
視線の先、消えた佐助に幸村は思わずほうと安堵の息を吐いた。
無傷とはいかないが、恐らく致命傷になる前には影に潜ったであろう。
一先ず安心だ。
しかし気を抜いてはいられない。
何しろ佐助を破った竹中半兵衛がこの後此処に来るのだから。
一つ下の陣が破壊され、いよいよ櫓の扉が開く。
「やあ、幸村君」
「お久しゅうござる、竹中殿。躑躅ヶ崎以来で」
そうして幸村は再び半兵衛と対峙した。
向い合って二人、半兵衛が真っ先に口にしたのは過去への後悔だった。
「あの時断らずに話しておけばよかったよ、君の副将」
どんな相手か分かっていれば小田原も徳川も、こんな失敗は犯さなかっただろうと彼は言った。
言い分は最もだ。
しかし、と幸村は思うのだ。
「無駄にございましょう。例えあの時言葉を交わしていたとしても、あれは事前に悟られるような真似は致しませぬ。仮に悟られたとしてもさすればまた違う策を考えるだけ」
故にその後悔は無用の物だと幸村は言いきった。
そんな幸村の態度に半兵衛は酷く驚いた様で。
恐らく幸村が佐助の暗躍について知っていた事が意外だったのだろう。
それは先程の佐助への台詞からも伺えた。
彼は幸村が何も知らないと思っていたのだ。
「これは意外だったな。けれど・・・ならば君は彼が裏でどんな事をしているか知った上であんな接し方をしていたんだね」
幸村の心をずばり切り裂く様な。
それは鋭いものだった。
心を持つ事はきっと彼らには耐え難い苦痛だ。
それを知っていて、彼らを人として扱う事の惨さ。
「以前の言葉を訂正するよ。君を優しいと言った事」
半兵衛は言った。
言いながら斬りかかって来た。
迫る刃を間一髪で避けるも次の瞬間には半兵衛は既に正面まで迫っており、関節を戻した刀を振り上げるので槍を十字にしてその一撃を受け止める。
そう己は優しくなどない。
優しいのは、寧ろ・・・
幸村の為にそうあり続けてくれる彼らの方。
「忍は心がないなどと申しますが、あれは某などより余程優しい男なのです」
「その優しさを、君は殺し続けてきたんだろう?」
懺悔の言葉にも半兵衛は容赦が無かった。
ギリギリと至近距離で鋼越しに睨み合いながらその刃と言葉を受け止める。
その通りだ。
心を殺すなと言いながら己は彼の優しさを殺してきた。甘えて来た。
何て酷い。
分かっている。
でも、それでも・・・
歯噛みし俯く幸村の、その隙を突かんと半兵衛が刀を押し返した。
踏鞴を踏む幸村に続けて一撃を食らわせるべく腕を伸ばす。
まるで飛び道具の様に伸びて来る剣先。
避けるには時が足りず、周囲から幸村様、と悲痛の声が上がる。
しかし幸村は剣先が己に触れる瞬間、槍を回転させて攻撃を弾く。
金属同士がぶつかるような音がして、見事弾かれたそれは衝撃をそのまま攻め手に返し半兵衛は衝撃で膝をついた。
「それでも某は言い続けまする。忍も同じ人であると」
そうして眼前の男を見下ろし、幸村はそう言い切った。
そして理由を尋ねる半兵衛に答える。
残酷でも、酷い主と罵られようとも言い続ける。
その答えは酷く簡単で。
「某が、今のあやつが好きだからでござる」
共に在り、共に笑い、共に悔やみ。
道具ではない、人としての彼とこれからも共に在り続けたい。
ただそれだけの事なのだ。
言い切ると半兵衛は暫し呆け、それから立ち上がり様に再度攻撃をしかけてくる。
「それはまた、随分と身勝手だね」
「何とでも」
剣を鞭のように撓らせ突進してくるのを躱しながら幸村は返した。
身勝手など百も承知だ。
それでも幸村は望む事を止めはしない。
「一度心を持ったら再度失くす事は難しい。彼らはもう道具には戻れないだろうに」
悲劇だねと半兵衛は笑う。
彼らはもう君と心中するしか術はない。
その彼の言葉は幸村の心を惑わそうとしての物だと幸村ももう分かっていた。
だから迷わない。
それでも決意は揺るがない。
「あやつらを、一生面倒を見る覚悟は出来ております故」
心中などしなくても。
一生共に。
告げると。
「こりゃまた、熱烈なお言葉を頂いたもんで」
「!?」
突然の頭上からの声。
「そんな事言われちゃったら期待に応えない訳にいかないでしょ~」
「佐助!」
姿を見れば思わず口元が笑む。
男は空から降ってきた。
空中で烏を手放し幸村の隣に舞い降りる。
「怪我は?」
「そんな深くないし、応急処置は済ませたから問題ないよ」
この通りと腕を回して見せるので、幸村も安堵して佐助の隣で槍を構える。
不思議なもので佐助が隣にいると言うだけで何故かもう敗ける気はしなかった。
半兵衛の武器は間合いが長い。
槍も長い方ではあるが向こうの方が遥かに凌ぎ、また動きが変則的な分単純な攻撃では幸村の方が不利となる。
それを当然の如く知る佐助がまず幸村より先に動いた。
正面に立つ男に無数の苦無を投げつける。
それは全て高速に振られた剣筋で叩き落とされてしまったが、その隙に影を潜り背後に回った佐助は彼の背に向け大手裏剣を振り下ろした。
即座に振り返った彼に刃は眼前で止められるも、鍔迫り合いならば力比べて佐助に分がある。
佐助もそれは分かっているのか先程よりも表情には余裕があった。
「あんたさっきから大将に色々吹き込んでくれてるけどね。全部余計なお世話だよ」
口元に笑みを刷きながら佐助は言った。
まあ、彼のあの言動の全ては単に幸村の動揺を誘おうと言うだけで忍の事など彼らには元より眼中にないのだろうけれど。
佐助もそれは分かっている。
けれど彼もこれだけは言っておかねばならなかった。
「道具でも何でも、俺達のやる事は同じさ。この人の前に立つ敵を斬り伏せるだけってね!」
言い様、佐助はもう片方の大手裏剣を振り上げた。
相手を切り裂こうとしたそれは直前に半兵衛が後ろに飛びずさってしまい刃は空を切るのみだったが、体勢を崩す事には成功し続けざまに二撃三撃と繰り出し半兵衛を背後へ押し切る。
しかし相手もやられっぱなしでは当然おらず、空いた距離を利用し宙に剣を振り上げる。
すると頭上と、そして地面に昏く闇が這い、無数の棘が降り注ぐ。
術師の前に広がる雨雲の様なそれ。
雨の如く降り注ぐ棘を全て避けて相手の懐に入りこむのは至難の業と言えた。
恐らく向こうもその意図で、この隙に体勢を整えようとしたのであろうが。
そうはさせまいと佐助が大手裏剣で横から全て薙ぎ払う。
避けられないのならば大元から全て退かしてしまえばいい。
「大将!」
「応!」
棘の雨は止み、その隙に幸村が火走で距離を一気に縮め入り込んだ懐で槍を振るう。
「ぐっ!!」
二人の間で迸る火花。
そのまま前方へと一気に吹き上げ、そこで勝負はついた。
半兵衛は苦悶の声を上げ遥か後方へと吹き飛ばされる。
水音と共に倒れた身体はそのまま起き上がる事は出来無かった。
決着がつき、ざわめきはじめる周囲。
まだ動きはしないものの一応警戒をしながら倒れた半兵衛に近づくと、彼は起き上がれはしないものの意識はしっかりある様だった。
天を仰ぎ見たまま、彼は呟く。
君たちは面白いと。
「特に幸村君は。視野は狭いけど懐は広い」
それは果たして褒められているのかいないのか。
貶されている様な気もするが以前優しいと言われた時のようなもやもやとしたものは感じなかったので幸村は何も言わない事にした。
そして彼は上半身を起こしながら。
「君の様に熱く、強引に引っ張り上げてくれる人物が彼の傍に・・・豊臣にいてくれたら心強いのだけれど・・・」
「彼?いや、しかし某は武田の将故・・・」
「うん、だから改めて。豊臣軍軍師竹中半兵衛。武田に対し同盟の申し入れにここまで来た。信玄公にお目通りを願いたい」
そう言って、懐から書状を取り出した。
「ど、同盟!?」
思わぬ言葉に幸村は驚いた。
差し出された書状を反射で受け取る。
中を見てみないと分からないが、表書きの花王は恐らく本物。
とすれはこれは真実申し入れなのだと思われた。
襲撃され、撃退した相手が同盟の使者だったとは。
これは問題になりはしないだろうか。
どうしたものかと狼狽えると、しかし佐助の方は何となく察していた様で。
やれやれと溜息を一つ。
早々に幸村の手からその書状を受ける。
そして信玄の元へと向かうべく影に消える。
残されたのは半兵衛と幸村の二人きり。
「驚かせてすまないね」
「いえ・・・同盟の申し入れとは気付きもせず、し、失礼な真似を」
そう言う状況だったのだから仕方がないとは言え、思いきりぶっとばしてしまった。
内心冷汗をかきつつ、せめてもの詫びにと幸村は手を差し出した。
差し出された手を借りて、半兵衛が立ち上がる。
しかし彼は立ち上がるなり唐突に咳き込み前に身体を屈めた。
「竹中殿!?」
目立った外傷は無いようだが幸村の馬鹿力で思い切り吹っ飛ばしてしまった為肋骨が折れでもしていたら事だ。
ただでさえ同盟の使者を撃退したと言う後ろめたさがある幸村は、倒れかかる身体を支えて慌てて典医を呼ぼうとしたが、半兵衛はそれを遮って止める。
「大丈夫。ちょっと背中を打って咽ただけさ」
それでも万が一と言う事もある為幸村は何度も進言したが半兵衛は大丈夫だと言って聞かない。
こう言う強情さは佐助の様だと思いつつ、これが佐助であれば組み伏せて無理矢理医師の前に引きずり出す事も可能だが、別軍の、もしかしたらこれから同盟を組むかも知れない相手にそんな無体は流石に出来ず、またそこまでする義理も無いと諦める。
そしてそれより、と半兵衛は話を続けようとするので幸村もそれに倣う事にする。
「試すような事を色々言ってすまなかったね。君の事を知っておきたかったものだから・・・」
「某・・・でございますか?」
「そう。武田の次代を担うのは君だろう?」
あの時と同じ言葉。
だから改めて知っておきたかったと彼は言った。
「豊臣にも次代を担う子がいるのだけれど、少々不器用でね」
そう告げる彼の顔は、先ほどまでの軍師と言うより何処か我が子を心配する親の様に見えた。
それは幸村の事を他者に告げる時の佐助に似る。
佐助も大概過保護だとは思うが、何処の軍もその辺りは余り変わりがないのだろうか。
幸村は思う。
「だから、君の様な存在が傍にいてくれたらと思ったんだけれど」
「うちの大将がお眼鏡にかなったのは有難いですけどね。同盟組んでも大将は武田の人なんで」
半兵衛が話しながら近づくと、遮るように佐助の声が辺りに響く。
まるで機を計っていたかの様。
半兵衛の伸ばした手が幸村に触れるか否かと言う丁度その時、佐助は烏で飛んで戻って来た。
そして先程とは違う場所、二人の間に阻むように降り立つ。
「渡しませんよ」
「それは残念」
本気か否か。
軽いやり取りを交わし、霧の晴れた道を二人で信玄の元へと案内した。
一本道を進むと直ぐに見える一番奥の開けた場所。
そこに信玄は仁王立ちで待っていた。
橋を渡った所まで案内し、そちらへ向かう半兵衛を見送る。
「最近何か思い詰めた感じで様子がおかしかったのはさっき言ってた事が原因?」
二人きりになると、佐助が直ぐに話しかけて来た。
先程の事。
半兵衛との会話を佐助もどうやら聞いて居た様で。
どこからかは知らないが、その事よりも幸村が驚いたのは佐助が幸村の異変に気付いていた事だった。
「何故わかった!」
悩み始めたのは佐助が徳川に赴く直前のあの時からで、その後は戻ってからも戦仕度でろくに話はしていなかった。
精々挨拶と報告程度だ。
なのに何故気付いたのかと幸村が尋ねる、と佐助は呆れた様に溜息をつき、わかるに決まってるでしょと返した。
「どんだけ傍にいると思ってるのさ」
言葉を交わさずともいつも見ている。気にしてくれている。
全く佐助には敵わないと幸村は思う。
そしてそんな彼に誤魔化しはきかないであろう。
何よりもう半兵衛との会話は聞かれてしまっているのだ。
諦めて全てを話す事にする。
元より忍達には必然的に辛い任務ばかり頼む形となってしまっていたが、天政奉還以降それが格段に増えた事。
そしてそうなり改めて思った事。
忍の過酷さと己の非道さ。
「お前らは不平も言わず俺の望むようにとしてくれているが、それは・・・」
「あんたはほんとにさぁ・・・」
拳を握り吐き出す様に告げると佐助が遮り溜息を吐いた。
幸村は思わずびくりと肩を揺らす。
佐助が幸村の言葉を遮るのは非常に珍しい。
いつも彼は幸村の話を聞いた上でその是非を判断したり返事をしてくれていた。
それをせずに遮るとは。
今度こそ呆れられたかと不安に思い、伺う様に隣を見ればしかし予想に反して佐助は優しい表情で。
困った様に苦笑を浮かべてはいたけれど、その目に嫌悪や呆れはなかった。
「あんたは昔っから、忍如きに心を砕き過ぎなんだよ」
佐助は言った。
「忍なんてそもそも主の物なんだから、あんたがそれで思い悩む必要なんてないんだ」
「し、しかし、お前は時折育て方を間違えたか、などと言うではないか!」
「それはあんたが自分の立場よりも忍を優先させようとするから」
自分達を庇う事で幸村の立場が悪くなるが嫌なのだと、佐助はそれすら分かっていなかった幸村を叱る為か鼻を摘んで言い聞かせる様にそう言った。
咄嗟の事にふぎゃ、と思わず踏まれた猫のような声が出る。
「俺様達忍は全て主の為にある。あんたが喜んで笑ってくれてりゃ、任務の辛さ汚さなんて正直どうでもいいんだよ、真田の大将・・・」
鼻を摘む為にこちらに伸ばされていた手がそのまま頬に触れ、撫でる。
優しい手、優しい言葉。
あぁ、やはりこの男は己などより余程優しいと頬をその手に擦り寄せる。
「まあ、もう靄は晴れたみたいだけど?」
にやりと笑われ、幸村も頷く。
そう、もう答えは決まっていた。
周りから何と言われようと、幸村はやはり今の佐助と、佐助達と、共に在りたいと願うのだ。
「我儘な主ですまぬな」
「いいよ、俺が、そんな今のあんたが好きなんだから」
佐助のその言葉は先程の幸村の言葉をそのまま返しただけであった。
幸村が半兵衛に宣言したあの言葉だ。
しかし言われると妙に照れくさくて幸村は顔に熱が集まるのを感じる。
「ははは、破廉恥な!」
「は!?あんただってさっき言ったでしょ!?ちょ、拳握らないで!」
咄嗟に握った拳と佐助の悲鳴。
霧の晴れた空に二人の声と周囲からの笑い声が響き渡った。
その後、武田と豊臣の間では無事同盟が結ばれた。
当然あの戦場でそのままと言う事にはならなかったが、後日改めて甲斐の地にて秀吉を交えた会談が開かれた。
信玄も色々思う所はあった様だが、一先ずはそう言う事になったらしい。
そしてその帰り間際に幸村は何故か是非にと呼ばれ、帰城する半兵衛達に同行する形で大阪を訪れる事となった。
何故急にと思ったが、どうやら以前に話した豊臣の将らとの顔合わせをさせたいとの事で、深い意味は無いらしい。
深い意味も無く突然300キロ以上の道のりを行かせるのはどうかとも思うのだが。
閑話休題。
当然旅は一人ではなく、随伴は佐助だ。
大将と副将が揃って国を空けるのもどうかと思ったが、彼ならば警護も含め他に人を割かずに済む。
最終的に信玄とも相談をし、その方が合理的だと決着がつき、結果幸村は佐助と二人大阪の地を踏む事となった。
「幸村君」
とは言えやはり長くは国元を空けられない為大阪訪問は日帰りだ。
時間は限られていると幸村は着くなり半兵衛に呼ばれ主だった将の面々を紹介された。
石田三成、大谷吉継、島左近。
三人とも顔を見るのは初めてだが名は聞いた事がある者達だった。
初めて会った印象は左近は軽いが裏に何か秘めているような所が何処となく佐助に似てる気がした。
大谷は人当たりは悪くない様に思えたが佐助は異様に警戒をしていたので彼もまた裏があるのかも知れない。
そして三成は。
彼は最初顰め面で接しにくい印象だった。
成る程恐らく彼が半兵衛の言う豊臣の次代であろうが確かに不器用そうに見えた。
けれど。
幸村が刑部への挨拶を終えた後からは何故か雰囲気が変わっていた。
それは三成だけでなく左近もであったが。
それと言うのが幸村が何の躊躇いもなく、彼にとって普通の挨拶として刑部に握手の為にと手を伸ばしたからとは幸村は知らない。
「何故三人共驚いていたのだろうか」
「あんたは全然気付いてないんだもんねぇ」
呆れ混じりの佐助は分かっているのか。
そしてそれは半兵衛もらしく、佐助の隣で苦笑をしていた。
「まあ、それが彼の良い所だからね」
ほんとに豊臣に欲しいなぁいやあげませんこの子はうちの子ですから。
二人でそんなやり取りをして。
また繰り返すうちの子合戦に、この二人似てるとは思ったが案外気が合うんじゃないかと、渡すまいと佐助に若干首が絞まる勢いで抱き寄せられながら幸村は思ったり思わなかったり。
「幸村君が豊臣に来てくれたら戦力的にも精神的にもかなりいいと思うんだけどなぁ」
「そりゃそっちの都合でしょ。豊臣の都合で武田の頭を連れてかれちゃ困るんだっての!」
「僕が豊臣に出来る事は少ないからね、形振り構ってられないさ」
何処か愁いを含んだ半兵衛の言葉が胸に響いた。
彼が病を患っていると言う事はあの戦の後佐助から聞いた。
先ももうそう長くはないだろうと言う事も。
帰路に着く為大阪城を出る。
そう言えばいい忘れてたことがあったと幸村振り返った。
「竹中殿、某も貴殿に対し前言を撤回いたします」
「何がだい?」
何の前触れもない幸村の言葉に半兵衛は何の事か分からず首を傾げた。
前言撤回も何も、思えば前言は幸村が心に思っただけで本人には伝えていなかった。
なので撤回のしようもないのだが、構わないと幸村は続ける。
「初めて躑躅ヶ崎館で貴殿を見た時儚いと思い申したが・・・」
「そんな事思っていたのかい?」
初耳だと半兵衛が笑う。
その笑みはやはり日に透け一見儚くも見えるが。
「貴殿は儚くなどない。己の信念を貫き魂を燃やし尽くさんと挑む、立派な武将にござる」
その精神、この幸村も見習わせて頂きたく思う程に・・・
言いたい事を告げ、満足した幸村は一礼をして踵を返す。
ただ告げておきたかっただけなので聞かされた相手の反応は気にしていなかった。
だから。
「・・・本当に、君は・・・」
背後で半兵衛が顔を覆っていた事も、そのくぐもった呟きも、幸村は知らない。
知らぬままに別れを告げる。
恐らくそれは彼との最後の別れとなる。
そうしてまた佐助と二人きりとなり、進む甲斐への帰路。
先程の一方的な幸村からの会話を隣で聞いていた佐助は前を見据えたまま言った。
「俺様としては見習ってほしくはないんだけどね」
竹中半兵衛の事。
「いや、あの智将ぶりなら思う存分見習ってほしいけどさ」
幸村が言っていたのは違う。
彼の生き様だ。
佐助は言う。
「あんたはさ・・・苦しい時はちゃんと言ってね・・・」
置いてかないでね。
そっと手に触れる。
その指先に胸が締め付けられる思いで幸村は首に飛びついた。
余りに唐突だった為勢い余って二人揃って地面に倒れ込む形となったが。
「安ずるな。一生面倒は見ると言ったであろう」
その言葉に佐助が笑ったから。
幸村も上に圧し掛かったまま二人で笑った。
「よろしく頼みますよ」
「うむ!」
最期の時もこんな風に二人で。
共に倒れ伏し共に在るまま死ねればいいなと思った。
終
3→宴→2(プレイ途中)からの現在は4に四苦八苦中(笑)
幸村が皆とワイワイしつつ、佐助に世話を焼かれているのを見るのが何より好きです。