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トリプルパック買いました!!
でも2ばっかりやってて3は手を付けてません。
宴やりたい!
ついでに今回の書いてて4の竜虎の陣もやりたくなりました!!
1日が50時間になればいいのに・・・

以下、久しぶりの中篇です。


 








・戦国
・佐幸
・3ネタ(でも4も有)
・鬱雰囲気
・捏造十勇士(少し)有




 
 
 
【夢に惑いし(中篇)】










後になって考えれば、それがどれだけ愚かな行為であったかは自分でも分かった。
今の武田の状況で行軍でもなく軍を率いて総大将が国を空けるなど。
それもろくすぽ守りも固めず衝動的に。
それがどんな事態を招くか、想像には難くなかった。
けれど、後悔先に立たずとはよく言ったもので、その時は全く何も考えられなかったのだ。
ただ不安で、じっとしていられなかった。
何か出来る事はないかともどかしかった。
否、それすらもただの言い訳でしかない。
自分はただ、佐助に会いたかっただけだった。
無事な姿を見て安堵したかった。
何と愚かな事だろうか。
そんな自分の我儘で、短慮な行動の末に城を取られ、また被害を出したなど。
佐助が苛立つのも当然の事で。
寧ろ怒りを通り越してあの目は呆れと侮蔑を含んでいた。

『あんたの愚かさは、一つの為に千の命を失わせるだろう』
 
頬を張られ、そう言われた言葉は正しくその通りだ。
返す言葉も無い。
やはり現実の己は武田を殺すしか出来ないのかと、情けなさに立ち上がる事さえ出来なかった。

『邪魔だ、大将・・・』

素気無く言われたその言葉に、醒めた瞳に絶望した。
自分が佐助にあのような事を言わせた、あのような瞳をさせてしまったのだ。
護りたかったものを、護ろうとすればする程手の中から零れていく。
苦しくて仕方なかった。
まるで水底にいるようだと思った。
終いには、もしかして今自分は眠りの中にいるのではないかと馬鹿な事まで考える始末だ。
そんな訳が無い。
そうだったらどれ程いいか。
其処此処に倒れる武田の兵の骸は現実でしか有り得ないのに。
遠くでは一時止んでいた騒音がまた戻っていた。
叫び声、怒声、歓声。
地鳴りや爆音も聞こえる。
一際大きな衝撃は佐助が小十郎か政宗のどちらかと、或は両方と対峙したものであろうか。

(佐助・・・)

幸村は伏せていた上体をふらりと起こし、その方角を見遣った。
離れていても感じる。
この昏い気配は恐らく佐助のものだろう。
闇の匂いを色濃く滲ませたそれ。
昔出会ったばかりの時に子供心に薄っすらと感じていたその気配は、しかし共にいる年月に従って消えていたのに。
そしてそれが自分は嬉しかったと言うのに。
またあんな思いを佐助にさせていると言うのか。
他ならぬ己の所為で。
そう考えると矢も楯も堪らなくなり、幸村は走り出した。
これ以上自分の所為で失わせてなるものかと。
取り戻さなければと強く思う。
音と声に導かれるまま幸村はひた走る。
目指すは政宗の元へ――





* * *





「Hey!どうした、真田幸村!」

夢中で走っていた筈が、目指したはずの人物がふいに眼前に姿を現し、幸村は思わず飛び退いた。
視界の端にはためく青い旗。
知らぬ間に政宗の元まで辿り付いていたのかと、幸村は咄嗟に武器を構えた。
佐助はまだ来ていないのだろうか。
周囲に気配は無い。
ならば小十郎と交戦中か。
考えて、正面の政宗に向かって闘気を迸らせると政宗が驚いたような表情になる。

「おいおい、ぼーっとしてるから声を掛けてやったってのに、いきなりやる気満々たぁどう言う了見だ?」

そう言って、政宗は言葉程には不快そうでも無く口角を上げて同じように武器を構える。
音を立てて抜かれるのは六本の刀。
幸村も見慣れた彼の愛刀だ。
そうして睨み合う事幾何か。
二人の間に張られた緊張の糸を断ち切ったのは聞き慣れた声で。

「ちょっとちょっと、大将方!何してんのさ!」

慌てたようなその声に、幸村は衝撃に固まった。
声の主は今将に幸村が追いかけて来た筈の人物。
猿飛佐助に他ならなかった。
否、佐助が現れた事自体は然程驚く事でもないだろう。
追い抜いてしまったにせよ、元々目的地は同じだったのだ。
ならば追いついてきても何ら不思議ではない。
驚いたのは、その声に険が全く含まれていなかった事だ。
己に対しても。
政宗に対してさえ。
まるで子供を叱り窘めるような口調に、幸村は驚きを隠せなかった。
先程の政宗の態度と言い、何か様子がおかしい。
不審に思って幸村が二人を交互に見やると、更にもう一人。
分け入ってくる声がある。
その声は二人よりは幾分険しいものの、やはり逼迫したような緊張感はない。

「仮にも同盟国。こんな所を他の兵にでも見られたら、士気に関わりますぞ、政宗様」

真田、てめぇもだ、と。
こちらを睨みながら政宗の構えた刀の柄に手を掛けて止めたのは小十郎で。
まぁまぁと佐助が宥めると溜息を吐きながら視線を逸らす仕草に今度こそ幸村は呆然とする。
政宗のみならず小十郎までもが行軍中に敵大将にこの様な気安い態度を取るなど。
況してや武器を構える相手から視線を外すなど。
到底有り得ない事であった。
そして、もう一つ。
小十郎の信じられない言葉が幸村を自失させていた。
彼は今、何と言っていた?
自分達を、同盟国だ、と。

「仕方ねぇだろ?こいつに闘志向けられて、Coolなままでいられるかよ!この俺が!」

幸村の動揺を他所に、政宗は小十郎と話している。
しかし、言葉では反論しつつも小十郎の言葉をあっさりと受け入れて武器を鞘に収めているあたり、それが正しいとは分かっているのだろう。
現状に疑問はなさそうだ。
佐助を見てもこの状況に特に混乱した様子も無く、しているのは幸村だけ。
様々な疑問を胸に残しながらも、このまま一人構えているのもおかしい為、倣って幸村もおずおずと槍を下ろした。
ガチンと刃先が地面にぶつかり音を立てる。

「大体、こんな長ぇ階段、誰が上って来るってんだよ」

政宗は尚も小十郎と話しており、少し歩いたかと思うとそう言って下を見下ろした。
そこで初めて幸村は周囲の景色に違和感を感じた。
これまで政宗と青い旗にしか目がいっていなかったが、周囲を見るとどうにもおかしい。
上田の城は、低く掘り下げた水堀が周囲にあるものの、城全体は基本的に平地だ。
しかし、ここは随分と位置が高い。
見廻せば城内の四方に置かれている陣や兵士達がよく見渡せた。
更に遠くに目を向ければ城下までもが見える。
明らかに上田ではなかった。
周囲の旗も、先程は青の伊達軍のものしか目に入らなかったが、よく見れば半分は赤い六文銭がはためいている。

「流石、覇王とまで呼ばれた野郎の城だけあって、中々のもんだぜ」

続いた政宗の言葉からここはどうやら大阪城のようだと察せられる。
何故、と幸村は信じられない気持ちでいた。
確かに自分達は上田に居た筈なのに。
しかし、大阪城は確かに上田の城と違い上部に高く作られた天守閣を有する城だ。
四方や城下を見渡せても不思議はなかった。
そしてそれを裏付けるかのように、背後には更に高く続く階段とその奥にそれらしき屋根瓦も見える。
ここは確かに大阪城で間違いないようなのだ。
と言う事は、状況を察するに、今は奥州と甲斐が同盟を組み大阪城を占拠したと言う事なのだろうか。
おまけに“大将同士”と言う事は、それを成した武田を率いているのは信玄では無く己と言う事になる。
俄かには信じ難い。
直ぐに幸村が思ったのはこれはまた夢なのだろうかと言う事だ。
佐助を追って駆け出した後の記憶は曖昧で、床にもついた覚えも無いのだけれど。
しかし、夢以外には考えにくい。
だって、佐助がこんなにも穏やかでいるなんて。
笑っているなんて。
夢でしか有り得ない。

「ま、俺様としては、同盟で油断させて殺っちゃうってのも良い手だと思うけどねー」
「おい、猿・・・」
「猿飛、てめぇ・・・」

発言は穏やかとは真逆で寧ろ不穏なものであるのに、それが言葉だけだと直ぐに分かる。
単にからかっているだけである事は明白だ。
本人も冗談だって、とカラカラ笑って手を振っている。
幸村はそれを見て懐かしく思った。
あぁ、佐助はこんな風に笑うのだったか、と。
ここ暫く、佐助の笑顔など見た覚えも無かった為に忘れていた。
そもそも彼の多忙さに姿すらずっと見ていなかったのだ。
それが、久しぶりに戻ったと思ったらあの惨状で。
苛立つのも当然だったろうと、幸村はそんな事を考えながら三人のやり取りをぼんやりと眺める。

「大将?またぼーっとしてるけど・・・どうかした?」

暫くそうしていると、幸村のそんな様子に気づいた佐助が心配そうに覗き込んできた。
それに慌てて何でもないと手を左右に振って返す。
現実のみならず、夢の中でまで彼に心配を掛ける訳にはいかない。
すると佐助は怪訝そうにしながらも深くは追及せずに顔を離した。
そして下の門戸に視線を向けて告げる。

「じゃあ、俺様は誰かお客さんが来たみたいだから、右目の旦那と一緒に出て来るけど」

言われて耳をすませば騒がしい物音と人の声。
四方の一角で火柱と煙が上がっているのが見える。
占拠した大阪城を奪還か、或は略奪か。
ともかく奪いに来た輩がいるらしい。
まだ落とされた陣は一つの様だが、二人は早々に出る事に決めたようだ。

「ここには辿りつかせないから、疲れてるなら大将は休んでなよ」
「いや、大丈夫だ。いつもすまぬな」

それが大将の務めとは言え、自分が出ぬまま佐助に任せなければならないのがどうにも心苦しい。
気を付けてな、とせめてもの見送りの言葉を告げればその余りの真剣さに佐助が苦笑を漏らす。
それから緊張を和らげるように、幸村の頬を両手で挟んで視線を合わせる。

「なーに神妙な顔してんのさ。俺様、こう見えて結構強いんだぜ?」

知らなかった?とからかうように聞かれるのに慌てて首を振る。
佐助の強さはよく知っている。
多分他の誰よりも。
そして信頼もしていた。
疑う余地は無い。

「だったら、そんなに心配しなさんなって!」

その不敵な言葉に、笑顔に、安堵して幸村も笑顔を返す。

「信じておるぞ」
「任せときなって」

こんな些細なやり取りが、泣きたくなる程に懐かしかった。
そんな自分達を政宗は黙って見ていたようだが、やがて耐え切れなくなったように呆れた顔で間に割り込む。

「いちゃつくのは終わってからにしろよ、あんたら・・・」

その言葉に漸く佐助以外の存在を幸村は思い出して慌てて距離を取る。
赤くなってぐいと正面の佐助の顔を押し退ける。
骨が立てる妙な音と、それから佐助の悲鳴。
かなりの音がしたようだが、その後の佐助の非難の声を含め幸村には届いていなかった。
恥ずかしさにそれどころではない。

「も、も、も、申し訳ござらんっ、政宗殿!」
「まぁ、いいけどよ・・・小十郎はもうとっくに出てんぞ」
「な、何と!?」

言われて周囲を見れば、確かに小十郎の姿はどこにも無かった。
自分達を見て呆れて出たのか、それともそれよりも前に出ていたのか。
分からないが、どちらにしても申し訳なく居た堪れない。
恥ずかしさに幸村が小さくなっていると、佐助は首を鳴らして調子を確かめてから気を取り直すように告げる。

「んじゃ、俺様も行ってくるとしますか。ここには誰にも来させないから、あんたらはのんびり座って待ってなよ」

そう言って、佐助は足元に影を作り潜り込む。
忍の技を使い、更に闇の異能を持つ佐助特有の影潜り。
それを使えば直ぐに小十郎に追いつく事だろう。
流石、日の本一の忍だ。
佐助を飲み込んだ影は、術者が離れると次第に小さくなって消え、ほんの一瞬、辺りが静寂に包まれる。
そして残されたのは政宗と幸村の二人だけ。

「あいつは小憎らしいが腕は立つ。小十郎もいるし、心配いらねぇよ」
「はい」

名残惜し気に足元を見続ける幸村に、政宗が掛けたなけなしの気遣いの言葉はその通りだ。
幸村は素直に頷いた。
そして交戦中らしく、尚一層騒がしくなった階下を見下ろす。
先程自身でも言っていたが、佐助は強い。
更に頭も己よりも余程回るので、確かに心配はいらないだろう。
幸村は下を見詰めながらそう確信している。
だからこの場で待っていられる。
開門して自分もあの場に助太刀に向かおうとは考えていなかった。
そして、そう考えながら悔やんでもいた。
夢の中ならそう思えるのに、何故あの時の自分はそれが出来なかったのだろうかと。
佐助ならば心配ないと。
きっと有益な情報を持ち帰ってくれると。
あの時自分がすべきは、佐助を迎えに行く事でも情報を探す事でもない。
ただ信じて待つ事だけだったのに。
拳を握って俯くと、何を思ったのか政宗が一度下ろした刀を再度構える。

「Hey!真田幸村!」

そして、幸村にも槍を持つように促す。
先程は副将二人に水を差された形だが、まだ燃え盛る闘志は冷めやらない。
二人が戻るまで手合わせでもしようと言うのだ。

「勝った方がこの同盟の長、ってのでどうだ?」

政宗が白い歯を見せて勝気に笑う。
それはいつもと変わりない政宗の様だが、実際は様子の可笑しい自分を気にしての発言だと幸村は直ぐに気付いた。
酷く奔放に見えて、彼はその実非常に思慮深く器が大きい人なのだ。
だから自分も、その心を無駄にすまいと触発されたように槍を握り笑みを返す。
佐助と小十郎が戻ればまた何か小言でも言われそうなものだが、その時はその時だ。

「望むところ!」

思えば佐助の小言すらも随分と聞いていない。
聞いたのは、自業自得の最後のあの叱責だけだった。
常に傍にいて些細な事で注意を受けていた頃を懐かしいななどと思いながら、その時をこっそり待ちわびて。
幸村は政宗に向かって再度槍を構えたのだった。





* * *





目を開くと、そこは室内だった。
紅い旗も青い旗も無い。
人の気配も感じられない。
よく見慣れた幸村の私室だった。
寝起きの景色がいつもと少し違うのは、ここが床の上では無く文机の前だからだ。
思い出したが昨日の夜は、伊達軍は去ったものの皆後始末に追われ忙しそうで。
幸村は当然それに加わる事は出来ず。
先に寝ているようにとはいわれたものの、かと言って元凶たる自分が周りを差し置いてそれに従うのは申し訳なく心苦しく。
せめて何か仕事でもと文机に向かったのだ。
そして途中で眠ってしまったらしい。
どうりであの夢の中で床に就いた記憶が無かった訳だと納得する。
おかしな体勢で眠ってしまった所為か、動くと身体の節々が痛んだ。
それを解す為にゆっくりと背を反らせ筋を伸ばそうとすると、肩から羽織が滑り落ちる。
眠ってしまった幸村に気付いて、誰かが掛けてくれたのだろう。
幸村は手を伸ばしてそれを拾う。
侍女の誰かだろうか。
はたまた忍隊か。
少し考えたが、恐らく侍女の方だろうなと幸村は推察した。
何故なら文机の上に香炉が一つ置かれていたから。
それは以前よく眠れるようにと侍女の一人が持ってきたものだ。
幸村が部屋に入った時には無かったから、幸村が寝入った後に羽織と一緒に閨から持ってきたのだろう。
香炉はそれなりに値のするものであるし、同じ物を態々忍が用意するとは考えにくかった。
恐らくではあるが。
まあ、どちらにしても佐助ではない事だけは確かだと言えた。
佐助ならば起こすか床まで運んだ筈だから。
だからきっと違う。

「誰ぞおるか?」

気配も、佐助のものはこの近くには感じられない。
天井を見上げて声を掛けると忍が一人応えて床に降り立つ。

「佐助は?」

聞くと忍は顔を上げぬまま答える。

「長は再度出られております。今度は西へ」
「そうか」

やはり佐助はこの部屋に来てはいなかった。
分かっていた筈なのに、いざ聞くとやはり寂しく思ってしまうのは甘えだろうか。

「西・・・大阪か?」
「はい」

そんな思いを振り切り、現状を確認する。
昨日、政宗は東軍に付くと言っていた。
その道すがらであったと。
だからと言う訳ではないが、武田は西軍につく事を決めていた。
佐助が出たのはその為か。

「豊臣と同盟を組むにあたり、情報とその準備を、と」

やはりそうだ。
今のままではただ武田から同盟を願い出るしかない。
それでは今の勢力を鑑みても武田は格下扱いにしかならないだろう。
それをどうにか対等にまで持って行こうと佐助は考えているのだ。
方法は分からないが。
そこまで告げて、忍は一瞬躊躇して後に口を開く。

「必ず良き報せを持ち帰るので、幸村様におかれましてはそれまで暫しお待ちいただくように、と」
「そうか」

最期のそれは、佐助からの言伝であろう。
佐助がそう言うなら、きっと何か良い策があるに違いない。
任せた方が良さそうだ。

「相分かった。何か動きがあったら報せてくれ」

それだけ告げ、ついでに見張りはいいから下がるよう指示を出すと、忍は一度深く頭を下げ言われた通りに姿を消す。
静まり返った部屋で一人、暫し逡巡した幸村は忍の気配が完全に消えてからもう一度天井を見上げて口を開く。
そして忍を呼ばわる。
今度は特定の名前を。

「才蔵、おるか」
「ここに」

呼ぶと少しの間を置いて男が一人部屋の端に姿を現した。
先とは違う忍。
勿論、呼ばれた才蔵だ。
佐助を長とする忍隊の、その中の十人の幹部の一人。
幸村は先程のように才蔵に尋ねる。

「佐助が発ったのは?」
「昨夜のうちに」

下忍を下がらせた上で才蔵を態々呼んだのは、聞きたかった事があったからだ。
先程は聞けなかった事。
しかし取り敢えず当たり障りのない事を尋ねると、帰って来たのは予想通りの答えで。
才蔵は、佐助には幸村が起きてから報告をした上で行くようにと忠告したらしいが聞かなかったのだと、少し不満気にその時の事を教えてくれた。
その際、佐助は才蔵に動くなら早い方が良いと言って出て行ったらしい。
それは全くの嘘と言う訳ではないだろうが。
第一は幸村と顔を合わせたくなかったのだろうとは察しが付いて幸村は俯く。
あの様な失態を侵した後では仕方のない事だと分かってはいるが。
避けられていると思い知れば落ち込みもする。
臓腑が捩じれる様に痛む。

「主殿、大丈夫か・・・」

思わず腹を押さえると、才蔵が心配気に問い掛けて来た。
それに笑みを作って大丈夫だと返し、もう一つ尋ねる。
此方の方が本題なのだが。

「それより、先の佐助からの言伝についてなのだが・・・」

切り出すと、才蔵は即座に顔を歪めた。
寄せられた眉根。
彼がこんなにあからさまに態度を表に出すのは非常に珍しい。
幸村の聞きたい事を既に察しているのだろう。
そしてそれに対する答えも持っている。
だからこそのこの表情に違いない。
幸村は尋ねる。

「あれは恐らく正確ではなかろう。佐助は実際には何と言っておったのだ?」

先の忍と話している時から才蔵の気配は薄っすらとではあったが感じていた。
遠くから。
恐らく先の忍との会話も聞いていたに違いない。
ならば教えて欲しいと才蔵を呼んだ訳だ。
聞かれた才蔵は口をへの字に結んで顔を顰めていた。
出来れば言いたくないとその顔が雄弁に語っている。
こんなに才蔵が感情を表に出すなんて。
本当に珍しい事だ。
そして幸村からの頼みを嫌がるのも。

「言わなければならないか」
「頼む」

出来れば幸村としても無理強いはしたくないのだが、これに関してだけはどうしても聞いておきたかった。
なので重ねて願うと、才蔵は深い溜息の後にではあったが幸村の望んだ答えをくれた。

「大阪に同盟を組む為の準備に行ってくる。主殿におかれてはくれぐれも無闇に動かぬよう。これ以上余計な事は考えずに仕事を増やしてくれるな。戻るまで大人しく待っているように、と」

一息で言い切って、才蔵はまた溜め息を吐いた。
成程これは下忍には言いづらかったに違いない。
主に対して余計な事は考えるなだの、仕事を増やすなだの、大人しく待っていろだの。
それに、人伝だから大分柔らかくなっているが、佐助が言った時はもっと辛辣だったに違いない。
一瞬の躊躇の理由はこれだったかと納得した次第だ。

「気を使わせてしまったな」

後で詫びておかねばなるまい。
そう言うと、才蔵は必要無いと首を振る。

「主殿が気に病む必要は無い。それより自分はあいつの無礼な物言いに一言物申したい」

主人に対する態度ではないと珍しく憤慨する才蔵に、幸村は苦笑するしかない。
十勇士の中でも佐助と才蔵は年が近く、実力も拮抗している。
更に性格が正反対である為どうにも反りが合わずぶつかる事が多いようだ。
 しかし、今回ばかりはどうしようもない。
どう考えても佐助の方に分があると言える。

「事実だからな。仕方あるまい」

昨日の事は確かに幸村の愚行であった。
将に無闇に動いて兵を南下させた結果、手薄となった城を取られたのだ。
そうと言わずに何と言うのか。
情報を求めて等と言いはしたが、実際その面で己に何が出来ると言うのか。
この緊迫した情勢下で、諜報の心得も無い己が。
大人しく佐助達忍隊に任せるべきだった。
佐助達の帰りを待つべきだったのだ。
そんな事のあった後だ。
余計な事をするな考えるなと言われても何も言い返す事など出来やしない。
自分が動けばそれが武田を窮地に追いやる。
それは正しい。

「いっそ、何もせぬ方が幾らかましかも知れぬな」

ただのお飾りの大将でいた方が余程良い。
その方が武田の為かも知れない。
幸村は深く息を吐いて自嘲した。
夢の中の自分が羨ましい。
立派に大将を務め、佐助にも認められ、政宗に対等の立場として扱われているなんて。
現実は、佐助には呆れられ、政宗には大将どころか好敵手としてすら認められていない。
自分がこんなにも薄っぺらで価値の無い人間だったとは思わなかった。
情けない。
不甲斐ない。

「夢のようとは、将にこの事だな」
「主殿?」
「いや、何でもない」

心配気な才蔵に幸村は首を振った。
こんな弱音など部下に聞かせるものではない。
才蔵に礼を言い、一応佐助を責めぬように念を押してから下がらせ幸村は立ち上がった。
誰か人を呼んで着物を持ってきてもらわねばなるまい。
そう思って障子を開け、外を見るとそこには昨日の戦の爪跡が残っていた。
崩れた壁。
飛び散った血の痕。
現実が重くのし掛かる。
幸せな夢と、この現。
余りに違いすぎてどちらも辛い。
幸村は眠るのが怖いと、水底の夢を見ていた時よりもずっと強く、そう思った。





数日後、大阪より伝令が戻り、佐助から首尾良く事は運んだとの報せが齎された。
それによれば、どうやら豊臣側から同盟を請う使者が上田に向けて遣わされているとの事。
まさか落ち目の武田に対して向こうから同盟を求める様に仕向けるとは。
一体どんな手を使ったのか。
報せを受けた者達は皆一様にどよめき立った。
一方の幸村は、以前ならば腹心の佐助の実力を自慢に思った所であろうが、今はそんな余裕はない。
寧ろ、己よりも余程優秀な副将に一層情けなさが募る思いだ。
しかし、今は己のちっぽけな自尊心などに拘っている時ではない。
同盟が可能となるならば一刻も早くと参議を開き、幸村は直ぐ様大阪へ向かう為の準備を始めた。
伊達軍が動いて以来各国に目立った動きはないようだが念の為軍は国元に残し、留守は古参の者達にくれぐれもと頼んでおいた。
なんて偉そうな事を言ってはいるが、己よりも彼らの方が余程冷静で安心だろう。
分かっている。
幸村は護衛を忍隊中心の少数精鋭のみで編成し、話し合いの為に大阪へ向かう。
周辺国の動きも引き続き忍達に探らせ、何かあったら直ぐに連絡が来る手筈にはなっている。
指揮を執っているのは才蔵だ。
今度は問題はない筈だ。
一応佐助にも鳥を飛ばしその旨を伝えたが、止められなかったので恐らくは許容の範囲内だと思われる。
報せの翌日に着いた大阪からの使者を城前で捉まえ書簡を受け取り、そのまま直ぐに発てば幸村の馬と忍達の足ならば日のある内に大阪まで辿りつく事が出来た。
城入りをする前に佐助と一度顔を合わせたが、特に会話は無かった。
この来訪が間違いではなかったと、叱られなかった事を安堵すべきか。
それとも感情無く視線を向けられた事を落ち込むべきか。
幸村も話したい事はあった筈であるのに、結局告げられたのはご苦労だったと労いの一言だけで。
佐助も直ぐに姿を消した。
やはり、まだ怒りは解かれていないのかもしれなかった。
しかし、落ち込んでいる暇はない。
今は己の事よりも国の同盟の方が重要で、幸村は門戸を叩いて大阪城に乗り込む。
そして通された城内で会談に臨む。
同盟を持ちかけて来たのは参謀の大谷吉嗣だったがその場には大将である石田三成もいた。
これもまた佐助の功績であろうと、幸村は気を引き締め直して二人と対峙したのだった。

「遠路はるばるすまぬな、武田の。いやはや、使者を送ってからの余りにも早い到着に我は驚きよ」

対して見れば三成は終始無言で、大谷のみが幸村に声をかけてきた。
話す様子は気さくに見えるが、佐助からの報告によれば大層食えない人物らしい。
そして現在豊臣の実質の指揮を執っているのもこの男だと言っていた。
油断は禁物だ。

「使いも驚いておったわ。まるで城前で、来るのを待っていた様だったとなぁ」

まるで全てを見透かしておきながら、敢えて知らぬ振りをしているような物言いだ。
否、実際そうなのだろう。
幸村は気圧されぬようにと一つ呼吸を深くする。

「優秀な目と耳が我が軍にはおりますれば」

佐助が大阪城に潜り込んでいた事は大谷は知っている筈だ。
ならば下手な隠しだては不要。
出来る精一杯で不敵に笑んでみせれば、大谷は奥に隠されて見えづらい表情のまま可笑しそうにヒヒッ、とひきつった笑いを溢す。

「確かにあれは豊臣にはない力よな。羨ましい限りよ」

同盟を組めれば東軍に対するに大きな戦力となる。
そう大谷は判断し、この話を持ち掛けたであろう事は明白だった。
つまりそれは、評価されたのは忍の力であり武田そのものではないと言う事だ。
佐助達の力が無ければ今の武田ならば不要と言われてもおかしくはない。
――が、忍隊を含めて武田の力だ。
恥じるな、と幸村は己を叱咤する。
ここでこちらが卑屈になれば、折角佐助が設けてくれた場が全て無駄になってしまう。
それだけは避けたい。

「使者殿より書簡、お受け取り致した」
「我らの意思はそれの通りよ。さて、真田。返事を聞かせて貰お」
「同盟のお申し出、お受け致す」

ここまで来た事が既に返事のようなものだが、形式は何事にも必要だ。
幸村は両の拳を床につけ、二人をひたと見据える。

「打倒東軍の為、武田が力存分にご覧に入れましょうぞ」
 
虚勢だと分かっていたが、そう言うしかなかった。
そうとしか言えなかった。
幸村はぐっと歯を食いしばった。
そんな幸村の内心を一人は見抜き、もう一人は興味が無いように聞いていた。

「なれば同盟は締結よ。同胞が増えるはめでたき事よな、三成」
「下らん。同盟など・・・家康はこの手で斬り刻む!助けなど必要無い!」

手を叩いて表向きには喜びを示す大谷とは対照的に、三成は不機嫌そうに言い捨てる。
幸村も薄々感じてはいたが、三成は国同士の駆け引きも同盟も眼中にはないようだった。
この一時、恐らく大谷に言われてこの場には来たのだろうが、幸村を見ていたのかすら怪しい。
しかしそんな三成の態度もいつもの事なのだろう。
 大谷は慣れた様子で三成を宥めて見せる。

「まぁ、そう言うな。徳川は方々に手を伸ばし今や大軍よ。太閤の軍が幾ら優れようと、数で来られては苦しかろ」

すると徳川の名が出るや三成の表情が見る間に険しくなり、やがて俯いて家康の名を口に乗せながら唸りを上げる。
幸村はその様子を見ているしか出来なかったが、直後何を思ったか急に刀を眼前に突き付けられ、咄嗟の事に思わずヒュッと息を飲んだ。
向けられる鋭い視線は先までのものとは明らかに違っている。

「刑部が認めたのならば同盟でも何でも好きにしろ。但しっ、こちら側に与したからには裏切るな!私は裏切りは決して赦さない!」

刀の先が喉元に触れる。
まだ今は鞘に納められた状態だが、鋭い殺気はまるで抜き身の刃を当てられているかのようだった。
頬を伝った汗が顎からポタリと滴り落ちる。
三成の突然の行動に、一瞬背後に控えているであろう佐助が何処からか動きかける気配を感じた。
しかし、幸村はそれを片手で制した。
三成の殺気が本当に向けられているのは自分ではない。
それぐらいは幸村にも分かっていた。
視線も幸村を通して別の人物を見ている。
幸村はそれを正面から受け止め答えた。

「無論」

御託は不要と、短くそれだけ。
すると三成は幸村の真意を探るかのように視線を更に鋭いものにした。
睨み合う事幾ばくか。
幸村がそれでも視線を逸らさずにいると、やがて三成は刀を引いて無言のままに踵を返す。
そしてそのまま部屋を出ていく。
部屋に残るのは沈黙のみ。
これは、納得して貰えたと取っていいのだろうか。
緊迫していた空気が不意に和らいで幸村はふぅと大きく一つ息を吐いた。
しかし、結局答えは貰えなかった。
否、その前に好きにしろと言っていたから大丈夫だろうか。
迷っていると、それまで離れて様子を見ていた大谷がふらりと幸村の元へと近付いて来た。

「相すまぬな。三成の非礼、我が詫びよ。」
「ああ、いえ、お気に召されるな」
「三成はあれが常よ。武田を軽んじようとは思うてはおらぬでな」
 
大谷の言葉は十分に理解が出来た。
それ故幸村は気にしていない。

「経緯は聞き及んでおりまする」

敬愛して止まない唯一の主を殺され。
しかもそれが嘗ての仲間の手で、などと。
その憎悪と義憤は想像に難くない。
排他的になるのも裏切りを憎むのも仕方が無いと幸村には思えた。
それに、三成のあの言葉。

「裏切りは、そも信頼が無ければなり得ぬもの。つまり、石田殿は武田を信頼してくれると言う事でありましょう」

ならば後は此方が態度で示せば良いだけだ。
武田は裏切る気など毛頭ない。
ならば問題は無かった。
そうと言うと、大谷はこれまでにない程にきょとんと目を見開いて言葉を失ったようだった。
それから腹を抱えて笑い出す。
自分は何かおかしな事を言ったであろうか。
分からないが、それは 今までのような作った笑いではない。
感情が読み取れる様な笑い声であったのに幸村は驚いた。
この人もこんな笑い方をするのか、と。

「成る程、主はあれをそう取るか。これは驚きよ」

そう言って笑われはしたものの、先よりも余程嘲りは感じなかった為幸村はそのまま黙っていた。
ただ返答に困っていたと言うのもある。
すると、大谷は一頻り笑った後に改めて幸村を見る。

「主は誠面白き男よな」

言われても幸村は首を捻るしかない。
幸村の中では面白いと言うのは慶次や以前の佐助のような人間だ。
明るく話術に長けよく笑う。
自分はどちらかと言うと真面目が過ぎると言われたり、或いは頭が固いと言われる事の方が昔から多かった。
率直に面白味や遊び心が足りないと言われた事すらある。
どうにも真逆な様に思えるのだが。
しかし大谷はそんな幸村の疑問を気に止める様子もなく、一人話を続ける。

「三成もちと気難しくはあるがな、あれでそう悪い性質でもないのよ、あれでな」
「それは・・・分かる気が致しまする・・・」

幸村は答える。
まだ会ったばかりではあるが、三成は気性の激しさは感じてもそこに禍々しい気配は無いように思えた。
言うなれば、対峙した事のある信長や光秀、松永に感じたようなものは。
寧ろ真っ直ぐに己を捕らえた鋭い視線。
彼の性根はあの瞳に表れているような気がした。
この戦国の世には似つかわしくない程の。
余りに真っ直ぐに純粋で。
過ぎる故に歪みを生んでしまったのだろう。
何となくではあるが、そんな気がした。
とは言え、まだ碌に知りもしない相手を語れる程の器は己にはまだ無いと幸村は自覚している。
故に結局最初の一言以外は何一つ言葉には出来ず胸に思うだけであったが、それだけでも大谷は満足だったらしい。
何処か嬉しげに口元を綻ばせて頷いた。

「甲斐の若虎は流石、懐が深くて我は感激よ。これからも宜しく頼むぞ、真田」
「こちらこそ、同盟の件、改めて宜しくお頼み申す!」

打倒東軍。
打倒徳川。
差し出された手を意志を込めて強く握ると大谷はまた何事かを呟いた様だった。

「主は三成とよう似よる」
「は・・・今何と・・・?」

余りの小ささに聞き取れず、問い直してみたが大谷は何でもないと教えてはくれない。

「只の独り言よ。気にするな」

幸村も無理矢理聞き出すつもりもなく、そこで会話は一度途切れた為幸村は知ることが出来なかったが。
大谷の忌憚ない幸村への印象。
主への過ぎる程の忠節。
病に蝕まれて包帯だらけの手を迷い無く取る、外見に捕らわれない性根。
裏表の無い純粋さ、真摯さ。
それ故に一度均衡を崩せば一気に崩れ落ちてしまいそうな危うさも。
まるで違うような二人が、その根本が何処か似通っていると大谷が見抜いて危惧していた事は、幸村は気がつかないままだった。





その後、取り敢えず同盟の締結は成された事であるし、今からとんぼ返りで甲斐に戻るのは厳しかろうと。
幸村は大谷の奨めで一晩大阪城に留まる事と相成った。
離れにある客間らしい一つの部屋に通され、その立派さに感嘆する。
上田は勿論の事、甲斐の躑躅ヶ崎館すら及ばぬのではと思う程の室内。
続き部屋の閨は当然の如く畳敷きであった。
豪勢な事だ。
自分は横になれる場所があればそれでいいのだが。
余りに立派すぎて調度を壊してしまわぬかと幸村は辞退すらしようとしたが、同盟国の大将を無下には出来ぬと大谷に言い張られて仕方なく受け入れる事となった。
置かれた何とも高価そうな陶磁器に、寝相には気を付けなければと緊張に身体を固くする。
まぁ、最近は昔の様に寝返り酷く暴れまわる事も無いようなので、その心配の必要は薄いかも知れないが。
或いは、それを理由に起きたままでいるのもいいかも知れない。
またあの様な、有り得もしない出来た己の姿を見せ付けられるのは辛い。
現実から剥離し過ぎているが故に。
そんな夢を見るくらいなら寝ずに起きている方がマシだと幸村は考えていた。
 
「時に真田、主は夜はしかと眠れておるか?」
 
すると、幸村の心情を見計らったかの様な問いを大谷に掛けられて幸村はドキリとする。
どうして急にそんな事を尋ねたのだろうか。
大谷は幸村の夢について知らない筈であるのに。
心が読めるのか。
将又千里眼でも持っているのだろうかと言う疑問。
幸村が 返答に困っていると大谷が種明かしとばかりに目元をトントンと指先で叩いて見せる。
それは千里眼でも何でもない。

「主の目の下に黒く縁が出来ておるのよ」

幸村は今まで不眠になどなった事がなかったから知らなかったが、寝不足や睡眠障害が祟るとその様な症状が出る様になり、それを隈と言うらしい。
歌舞伎のそれに関係するらしいが、芸事も余り明るくないのでやはり幸村には聞き慣れない言葉だ。
言われて幸村は咄嗟に目元に触れる。
しかし、当然触れて分かるものでは無し。
どうにも出来ずにまた手を戻す。
そんな幸村の仕草に、大谷はまた笑みを浮かべる。

「やれ、陰を背負うは猿のみかと思うておったが、光も随分翳りやる」
 
大谷の言葉は難解で、幸村には理解し得ない事が多かった。
色々な意味で。
直接的よりも間接的な言い方をするし、それが本心かも判り難い。
更に抽象的な表現をされてしまえば尚更だ。
佐助ならば直ぐに理解し得たのだろうかと、思いながら頭を悩ませていると大谷が笑う。

「良う眠れぬは不幸よなと言う意味よ」

言い直した言葉は分かりやすく、成る程そう言う意味かと幸村は頷いた。
佐助がこの場に居れば単純だと呆れたかもしれないが、生憎この場には二人しかいない。
気付かず話を続け、更に聞けば三成も良く同じように隈を作っているらしい。

「大将ともなれば気苦労も多かろうて」

三成のそれは大将云々とは関係が無い所に原因がありそうだが。
これは大谷なりの気遣いであろう。
幸村はぺこりと頭を下げた。

「これは・・・忝ない」
「何ぞ薬でも煎じよか?それとも香でも炊くか」
「お気遣いだけ有り難く。されど、国のものもあります故・・・」

答えて、一瞬これでは寝不足が長く続いていると暴露してしまった様なものだろうかとハッとした。
同盟国となったとは言え、大将の不調を他国に知られるのは余り宜しくないかも知れない。
これが大谷の探りであったら拙い事を言ってしまったかも知れないと幸村は恐る恐る大谷を伺う。
しかし大谷の方は然して気にした様子も無く幸村に告げる。

「さよか。まぁ、慣れぬ場所では難しかろうが、今宵はゆるりと休め」
 
大谷の言葉はただそれだけ。
どうやら本当にただの雑談だったらしい。
探る意図も無い様子に幸村は安堵する。
その後大谷は案内を済ませると自室へ戻ってしまったのでそれきりとなる筈であったが、その夜大谷から何やら不思議な文字の書かれた札が人伝で幸村に届けられたので驚いた。
届けに来たその者は詳しくは知らないようだったが、どうやら呪いの札らしい。
枕元に置くようにと言われたので恐らく昼間に話した眠りに関するものだろうとは容易に想像がついた。
態々こんなものを用意してくれるとは。
随分と面倒見のいい御仁なのだなと幸村は感心した。
しかし、それの効果の程や意味は結局知れないままだった。
物は夜半に一足先に上田に戻ると告げに来た佐助が気付いて不審がり、有無を言わさず取り上げてしまったのだ。
そうして慣れぬ場所で一人眠りにつき、見る夢は。
関ヶ原の地にて、己が西軍の一員として戦っていると言うものであった。
対する東軍は徳川と伊達軍が中心の連合軍だが家康は総大将らしく前線には出ておらず、政宗が見知らぬ男を一人連れながら戦場を駆けていた。
幸村も大谷の指示の元政宗を止めるべく彼の前に立ったが、戦場での政宗との戦いは同盟の時の手合わせとはまた違った高揚感があった。
政宗は連れていた男に幸村の事を熱く語ってくれた。
幸村は好敵手だと。
幸村との戦いは特別なのだと。
それが堪らなく嬉しくて。
幸村もまたそれに応えたのだった。
そうして目が覚めると一人見知らぬ部屋で、幸村はまたかとやるせない気持ちになった。
西軍に与したからには何れ東軍とは戦う事となるに違いない。
しかし、その時己は政宗とあの様に向き合えるのだろうか。
思い出すのは上田を去って行った時の政宗の視線だ。
止めだとつまらなそうに。
そこに燃え滾るような熱は欠片も無かった。
己にはその価値がなかったのだ。
もうやめてくれ、と幸村は切に願う。
もう思い知らされるのは十分だ。
見慣れぬ部屋で一人、幸村は震える肩を抱いて蹲った。





→後編
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戦国BASARAの佐幸と真田主従と武田軍と西軍大好きなBASARA初心者です。
3→宴→2(プレイ途中)からの現在は4に四苦八苦中(笑)
幸村が皆とワイワイしつつ、佐助に世話を焼かれているのを見るのが何より好きです。
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