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愛嬌、愛らしさ、懸命 静かな思い
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世間は大変な事になっておりますが、皆様元気でお過ごしでしょうか。
早く終息して上田に行けるようになるといいなと思います。



SSはいつもお世話になっているあさぎ先生のお誕生日に書いたものです。
ピクシブにはあげていたのですがこちらにも。
先生、お誕生日おめでとうございました!





・佐幸
・戦国

※何でも許せる方向け




【予言者は嗤う】








佐助の恋人である幸村はとても初心で奥手な人だ。
付き合い出した当初は手が触れるだけで真っ赤になり狼狽え距離を取った程だ。
恋人になる前は平気で抱きついてきていたのに。
当然関係は遅々として進まず、佐助は手を繋ぐだけでも多大な時間と根気を要した。
焦らず少しずつ少しずつ距離を縮め。
相手が離れたら止まり、止まったらまた近づく。
そんな日々を繰り返し、流石に数か月も経てば慣れもしたのか手を繋ぐだけなら幸村は逃げる事はなくなった。

更に逃げないだけではなく物足りなそうな顔をする事も。
恐らくその先を望んでくれているのだろう。
あの日々を思えば、否、あの日々があったからこそ、そんな幸村の変化は非常に感慨深いものと言えた。






「趣味の悪い奴め」

何が切っ掛けでこんな話になったのかは忘れたが、偶々上杉からの使いで上田を訪れたかすがに幸村との事を話していた佐助はそう切って捨てられ納得がいかないと不満を露に反論した。

「何処がよ!旦那のあの綺麗な顔!かすがだって見た事あるでしょうが!」
「真田の顔の話じゃない!感慨深いと言って達観した振りで、真田が求めている事を知りながら素知らぬ振りをしているお前の性格が悪いと言っているんだ!」

すると即座に返される。
流石かすが。
考察も言葉も非常に鋭い。

かすがの言葉は正しくて。
確かに意地の悪い事をしている自覚はある。
あるのだが。

「でもさ、近づくと意識しまくりなのに離れると寂しそうな顔でこっちを見て来るんだぜ?」

真っ赤な顔も、物欲しそうな切なげな顔もどちらも可愛いものがある。
もう少し堪能したいと思ってしまうのは男の性と言うものではなかろうか。

「悪癖め」

するとかすがが軽蔑の眼差しと共に言葉を投げる。
辛辣な言葉だが否定は出来ない。

「でも、お前も好いたお人の自分にしか見せない顔を知ったら嬉しいし、もっと見たいって思うだろ?」

彼女もまた主の上杉謙信に心酔し、恋心を抱いている。
その辺の気持ちは理解出来るのではなかろうか。
思って聞いてみたのだが、返った言葉は否だった。

「バカにするな。お前の様に相手を困らせてまでと、そんな事私は思わない」

成る程。
立場は同じでもやはりかすがと自分は違う。
彼女の真っ直ぐさ、素直さは幸村と通じる所があり眩しいなと思わざるを得ない。

「そもそも謙信様はいつでも変わらず麗しくいらっしゃる!」
「お前はそうかもだけど、軍神は解ってくれそうな気がするけどなぁ」

かすがが思いを寄せる上杉謙信は彼女や幸村と違い食えない厄介な相手である。
自分程歪んではいないかも知れないが、これくらいなら理解を示してくれそうな気が佐助はする。
しかしその言葉はかすがの逆鱗に触れたらしい。

「お前の俗的な欲と謙信様を一緒にするなんて~~~!!」

普段の美しい彼女からは伺えない、般若の形相で佐助に馬乗りで首を絞めて来た。
しまった。
猫の尾を踏んでしまった。
主を神聖視するかすがに今のセリフは禁句だった。

いや、まぁ、実際の所謙信のかすがを褒めるあれは態とやっている所はあるだろうと佐助は思う。
思うが、これ以上は賢明ではないと口を噤む。
言ったが最後、このまま窒息させられること請け合いなので。

スミマセンと両手を挙げて完全降伏の態度を示して見せれば一応気は済んだのか直ぐに手の力は弱まる。
しかし襟元はすっかり皺になってしまったので布を伸ばして佐助がぼやくと。

「言い過ぎた俺様も悪かったけどさぁ・・・もうちょっと加減してくれたって・・・って、かすが?」

てっきり睨むか見下すかしていると思ったかすがの視線は佐助を向いてはいなかった。
訝しんで佐助は声をかけたがその理由は何て事のないもので。

「お前の顔を見ていると、その真ん中に苦無を突き立てたくなるな」

真顔で言われ佐助は慌てて自分も顔を彼女から逸らした。
まだ怒りは解けていなかったらしい。
未だ手中にある苦無。
いつもの様に投げるではなく突き立てるという辺りに彼女の本気の怒りが伺える。

とは言えかすがもいつまでも佐助とそんなやり取りをしていられる程暇ではない。
暫く沈黙すればこれ以上付き合っていられないと思ったのかふんと鼻を鳴らして苦無をしまった。
それから佐助の上からも退いた彼女は、しかし離れず足元に立ち、上半身を起こした佐助にズイと顔を寄せてきた。
そして意趣返しだろうか。
佐助を見下ろしたままにんまりと笑い。

「そうやって余裕で遊んでいる振りをして、本当は本気で怯えられるのが怖いんだろう」

へたれめ、と耳元に。
ひそり囁きを落とした。

ドキリとした佐助はへらりと薄ら笑いを浮かべるしか出来ない。
かすがの言葉は思い切り図星だったからだ。
返す言葉もないとは将にこの事。
笑って誤魔化すしかない。

そんな佐助の様子に留飲を下げたらしいかすがは更に一つ予言を残す。

「そのお前の態度は後で絶対に後悔して苦労する事になるだろうな」
「怖い事言わないでかすがちゃん!」

回避する方法を教えるでもなくただただ傷口に塩を擦り込まれ悲鳴を上げた佐助。
かすがは答えず無言で跳躍し離れると、手元に白い鳥を呼び出す。
そうして飛び立つ前に一喝。

「そうやって真田で遊んで、足元を掬われないよう精々気を付けるんだな!」

叫ぶと返事を待たずに鳥で飛び去る。
佐助の態度か、或いは麗しい主への暴言か、よほど腹に据えかねたのか珍しいかすがの大声は森の鳥達が驚きに一斉に飛び立つ程で。
羽音の嵐と遠ざかる背中に、次会う時には忘れてくれているといいなと佐助は願った。



そうして辺りに誰も何もいなくなったその場所で、さすけはかすがの言葉を改めて考えた。

遊んでいるつもりは毛頭なかった。
しかし幸村の反応を楽しんでいたのは確かで。
端からそう見えるのならば幸村にもそう取られてもおかしくはなかった。
実際知らぬ振りの後に寂しそうな顔をするだけではなく、幸村が拗ねてしまった事もあった。
そんな拗ねた顔も可愛かったが。
閑話休題。

実は手を繋ぐまでも似た様な過程を佐助と幸村は辿っている。
照れて逃げる幸村。
無理に距離を詰めず待った佐助。
その内幸村の方から寄ってくるようになり、そこで漸く佐助が動いて手を繋ぐに至った。
その時も幸村が偶に拗ねた顔をしていたのを思い出す。
あの時彼は何と言っていたっけ。
確か佐助はいつも余裕そうだと言って唇を尖らせていた。
とんでもない。
正解は寧ろかすがで。
急に距離を詰めて怯えられたらどうしたらいいかと不安で待つしかなかったのだ。

更にもう一つ佐助には不安があって。
情けない事なのだが。
それを知られたくなくて先延ばしにしていただけだった。

けれどそろそろ腹を括る時かも知れない。
佐助は思う。
幸村が望んでくれているならば、己も。
そう心を決め立ち上がる。

そろそろ幸村も政務が終わる頃合いだ。
早くその顔が見たいと佐助は幸村の元へと向かう足を急がせたのだった。






佐助が戻ると幸村は邸の庭にいた。
てっきりまだ政務室かと思っていたが、思ったより早く仕事が終わっていたらしい。
佐助は驚き目を見張った。
しかしいつもならば政務が終われば直ぐに鍛錬を始める彼が何をするでもなく立っているだけな辺り、まだ終わったばかりなのかも知れない。
ただぼんやりと空を眺める幸村に、佐助は脇に降り立ち声をかける。

「旦那、終わるの早かったね。ごめん、今お茶持ってくるよ」

告げて佐助は幸村の反応を楽しみに待った。
この時間のお茶はお八つがつくものなので、幸村も毎日心待ちにしているからだ。
目を輝かせ、甘味は何かと聞いてくる幸村の反応は佐助にとっても心癒されるもので。
故に佐助も心待ちにしていた。
――のだが、今日はどう言う訳かその反応は鈍かった。

「・・・・・・ん?ああ、そうだな・・・頼む・・・」

まるでお茶など忘れていたとでも言う幸村の様子に佐助は訝しんだ。

「どうかした?どっか具合悪い?」
「いや、大丈夫だ」

幸村は否定したが咄嗟に目を逸らしたのを佐助は見逃さなかった。
それは幸村が嘘を吐く時の癖。
その一つだ。

「熱でもあるんじゃ・・・」

だから確認の為にと額に触れようとした。
具合が悪いのを隠しているのではないかと思ったからだ。
すると瞬時に距離を取られ、佐助は行き場を失った手を彷徨わせる。
幸村がしまったと言う顔をした。
あからさまな己の態度を失敗したと悔いた顔だった。

ここ最近、幸村のこう言った態度は寧ろ頻繁にあった事だった。
だが今のそれは明らかに様子が違うもの。
純粋に避ける幸村の行動に佐助は目を見開いた。

今までの幸村の回避行動は佐助との近い距離に驚き照れたが故のものだった。
慌てた様子は明らかに佐助を意識してのものだったから、佐助も微笑ましく思っていた。
しかし今のは違う。
今のは距離とか照れとかそう言った事ではなく、最初から佐助との接触を拒む様に幸村は距離を取った。
表情も酷く硬い。
一体何があったのか。

「どうしたの?」

気になり、もう一度佐助は尋ねた。
手を伸ばす勇気はなかったけれど。
そんな佐助に幸村は明確な答えを返さなかった。

「別に・・・どうもしない・・・」
「どうもって・・・」

そんな顔で言われても全く説得力がない。
相変わらず視線も合わず、幸村は佐助の横の地面の辺りを所在無さ気に見つめている。
怒っているのか。
拗ねているのか。
否、どちらかと言えば落ち込んでいるのだろうか。
最後ならば放っておけないと佐助は更に問い詰めた。

「何かあったんでしょう?」
「何も無い」
「無い訳ないでしょ。そんな顔で」

言うと自覚はあるのか両腕を上げて顔を隠そうとする。
そんなの、何かありましたと言っているようなものなのに。

「き、気にするな」
「いや、気になるでしょ。恋人が元気なかったら心配になるに決まってるじゃない」

佐助の最後の言葉に幸村はピクリと肩を揺らした。
返ってきた反応は佐助の目論見通りである。
恋人の言葉になら幸村は反応すると思っていた。
そこまでは佐助の予想は正しかった。
違っていたのはその反応が赤くなったり慌てたりと言うものではなかった事だ。
幸村は恋人の言葉にあろう事か泣くのを堪える様な顔をした。
こんな顔をされたら益々放っておける訳がない。
これは何が何でも聞き出さねばなるまい。

とは言え泣きそうな恋人を更に追い詰める事は難く、佐助は一先ず幸村の手を握る。
最近ようやく握れるようになったそれ。
振り払われない事に安堵しつつ佐助は幸村が話し始めるのを待った。
するとしばしの沈黙の後、幸村がポツリ呟いた。

「・・・それは本心か?」
「え?」
「恋人とは本心からそう言うておるか?」

問いの意味が分からない。
否、正確には意味ではなく意図が分からない。
恋人と本心から言っているかだと?
自分達は恋仲となったのではなかったか。
戸惑うと幸村が言葉を変える。

「俺の事が好きだと言うのは本当か?」
「当たり前でしょ!好きじゃなきゃ付き合う訳ないでしょう」
「だが、主の告白を断れなかったと言うこともあるのではないか?」

幸村は中々佐助の言葉を信じない。
どうやら彼の中で佐助は主に言われ仕方なく付き合っている事になっているらしかった。
どうして急にと佐助が問えば幸村は歪めた唇を開いて告げる。

「付き合う様になってもお前はちっとも変わらぬし、言うのも求めるのもいつも俺の方ばかりだ・・・」

あぁ・・・
かすがの言葉が脳裏を過る。
予言がこんなに早く当たるなんて。
ずっとはぐらかしていた己の態度が幸村を不安にさせていたのだ。

ただただ申し訳なさが胸を焦がす。
釈明をしなければと思うのだがどう説明すべきか考えてしまう。
迷っていると、そんな佐助の態度を悪く捉えた幸村が更に深く落ち込んでいく。

「やはり・・・俺の事は遊びだったのだな・・・」
「ちょっと待って!」

それは流石に聞き捨てならないと佐助は慌てて言葉を遮る。
何処でそんな言葉を覚えて来たのかも気になるけれど、取り敢えずそれは後回しにして。

「何でそうなるの!遊びで主に手を出す訳ないでしょうが!」
「手など出して来ぬから疑っておるのではないか!」

そうだった。
ハタと気付いて佐助の釈明の語気が弱まる。

「それは・・・思う所があったからで・・・」
「そのくせかすが殿とは陰でこそこそと・・・楽しそうに会うておったかと思えば・・・せせせ、接吻などしおって!」

はい?
思わず一瞬志向が停止する。
なぜここでかすがが出てくるのだ。

「てか、してないし!」
「いや、していた!」

幸村は見たと強く言う。
いつ、何処で、どのようにして。
問えば即座に、先刻、木の上で、親密そうに顔を寄せてと返ってきた。
その速さを考えれば幸村の言葉に嘘はないのだろう。
どうしてかは分からないが、幸村は本気でそれを見たと思っているのだ。

そうして考える。
先刻、木の上でと言う事は。

「あんた、もしかしてさっきあの場にいたの?」

佐助がかすがと話していたあの裏山に。
問えばいたら悪いかとねめつけられる。
先程から完全に発言が浮気が見つかった男のそれだが、これで幸村が何を誤解したかは判明した。

先程、仕事を急いで終えた幸村は佐助を探していたのだと言う。
そうして裏山に辿り着いたと。
失態だ。
いくら上田の地とは言え気を抜き過ぎた。
かすがとの会話に気を取られて主の気配に気付かないなんて、忍にあるまじき事である。
否、たぶん距離はかなりあったのだろう。
幸村の視力は野生の獣並みなので、忍が気配を感じ取れるギリギリの場所にいたのだと思われる。
かすがも振り返って確認してしまう程に。
佐助が呼び掛けた時にかすがの視線が外れていたのは恐らく幸村を確認していたからだった。
その上でかすがは態と幸村の姿が見えないように佐助の視界を遮ったのだ。
且つ接吻に見せるように顔まで寄せて。
その手腕は佐助が油断していたとは言え流石女忍と言わざるを得ない。
かすがめと恨み言を言いたくなったが言っても鼻で笑われるだけだろう。
幾ら視界を遮られていたとしても主の気配に気付かないお前が間抜けなんだと、そう返されるに決まっている。
ごもっとも。
返す言葉もございません。

それに、幸村の誤解を招いたのは全て佐助の行動が原因だ。
全て自分が蒔いた種。
言い訳は出来なかった。

「お前に少しでも早く会いたいと仕事を終わらせ探し回ったというのに、見つけたお前は此方など気付きもせずかすが殿と楽しそうにして・・・せ、接吻する所を見せられ、剰え己は遊びだと言われた俺の気持ちが分かるか!?」

涙声で吐き出す幸村の言葉が胸に痛い。
将にかすがの予言そのままだ。
浮かれた己の態度に後悔しかなかった。

どうしようもなくなり佐助は握っていた手を引き寄せ、倒れ込んできた幸村を抱き締める。
幸村がどう思うかなんて気にしていられない。
衝動的な行動だった。

「なっ・・・!」

幸村はもがいて逃れようとしたが佐助はそれでも放さなかった。
逃げようとする仕草が照れか怒りかなんてどちらでもいい。
ただ堪らず、抱き締めたまま謝罪の言葉を口にする。

「ごめん・・・」

しかし言葉だけでは幸村も最早信用しない事は分かっていた。

「それは・・・何に対しての謝罪だ。浮気か?それともそもそも嘘を吐いていた事に対してか?」
「俺様の意気地がなくてあんたを不安にさせた事・・・」
「・・・意気地がない・・・?」

幸村の問いをどちらも否定し佐助が告げた正解は恐らく幸村には予想外の言葉だったのだろう。
一瞬言葉を失った彼は、その後怪訝そうな声で鸚鵡返しした。
驚きに怒りも削がれたのか、逃れようと藻掻く気配も消えていたのでもう大丈夫かと感じた佐助は腕の力を緩める。
向かい合った幸村はキョトンと目を見開いている。
大きな瞳の中にはよく知る男の情けない顔がそのまま映し出されていた。

幸村は佐助の事を完璧な超人だと思っている節があった。
忍として使う事を躊躇わないようにと佐助がそう振舞っている所もあるのだが、それを抜きにしたとしても佐助が迷う事があるなど考えもしていないようなのだ。
まぁそれは男として格好悪い所を見せたくない佐助としては好都合でもあったのだが。
誤解を解くにはその像を崩さなければならなかった。
幻滅されたらと思うと怖いけれど。
それでも幸村をこれ以上傷つける事に比べたら。

驚きで落ち着いた幸村。
今ならきっと話を聞いてくれるだろうと、佐助は再度手を握り、緊張に冷えていた幸村の手を温めながら話し始めた。




「まずかすがの事だけど、誓って接吻はしてないから」

まず真っ先に、そこの誤解を解いておかねばなるまい。
彼女とは何でもないのだと。
信じてほしいと佐助は真摯に思いを伝えた。

「だが・・・」
「楽しそうに見えたのはあんたの話をかすがにしてたからだよ」
「お、俺の・・・?」
「そ。俺様があんたが好きで好きで可愛くて仕方ない~って話」
「なっ!?」

瞬時に幸村が顔を真っ赤に染める。
首まで綺麗に赤くなり、手も一転温かくなった。
それが緊張が解けた為か単純に恥ずかしさで体温が上がった為かは分からないが理由は佐助にはどちらでもよかった。

「まぁ、そう言う惚気が過ぎて怒らせちゃってさ。首絞められたりもしたんだけど・・・」

距離が近かったのも接吻をしている様な体制に見えたのもその所為だったのだと言えば、胡乱気にしながらも徐々に幸村も信じてくれてきたらしく、残る不安の理由も自ら佐助に尋ねてきた。
では遊びとは何だったのだと。
恐らくかすがの去り際のセリフを聞いたのであろうその誤解は、語るには幸村との関係を進めなかった理由も話さなければならない。
いよいよ話の本題だ。
聞いたら幸村は怒るだろうか。
それとも呆れるだろうか。
幻滅されなければいいなと思う。

「旦那さ・・・最初は恥ずかしがってたけど、最近は恋人らしい事をしたいと思ってくれていたでしょう?」

切り出しにまずその事を話し始めれば一瞬呆けに取られた幸村が瞬時に顔を沸騰させた。
真っ赤になった先程から更に赤く。
将に沸騰と言う言葉がぴったりで。
それは今にも湯気を頭から発し、目を回してしまいそうな勢いだった。
まあ当然だろう。
佐助は知らない振りをしていたのだから、幸村も気付かれているなどとは思っていなかったに違いない。
それを今更実は知っていました、なんて言われたら。
幸村としては憤死ものだろう。

「お、おまっ・・・・な・・・しっ・・・」
「うん、ごめんね…気付いてたけど、態と知らない振りしてた」
「なん・・・っ」
「理由は幾つかあるんだけどさ・・・一番は、そうして望んでくれる旦那が可愛かったから・・・」

もっと見たかった。
もっと望んでほしかった。
だから知らない振りをしていたのだと佐助は正直に打ち明けた。
そしてそれをかすがに怒られた事、その態度を遊びと称された事も告げた。

「勿論、からかったり遊んだりしたつもりは無かったけど、自分の勝手であんたを傷つけた・・・」

殴っていいよと佐助は贖罪の気持ちで目を閉じた。
真っ直ぐな思いは真っ直ぐに受け止めなければならなかった。
なのに捻くれた自分はついそれを忘れてしまった。
握っていた手も放せば少しの逡巡の後でそれが持ち上がる気配がする。
幸村が手を振りかぶったのだろう。
当然の行動だった。
空を切る音。
佐助は歯を食いしばりその時を待った。
しかし思った衝撃や痛みは訪れず。
代わりに受けたのはぺちんと軽い乾いた音と両頬を叩かれる感触。
叩くと言っても強めに両頬を挟まれる程度のそれは報復には程遠い。

「お前は、狡い・・・その様に言われたら怒れぬではないか・・・」
「怒っていいんだよ」

理由はどうあれ傷付けた事には変わりはない。
殴られるぐらい当然の事だった。
それでも無理だと言う幸村に、佐助は己の両頬を挟んだ手に上から己の手を重ねて苦笑した。
許して、くれるのだろうか。
優しい人だ。

「だが、それだと意気地がないとは何なのだ?」
「あー・・・それは・・・」

とまあそこで終わってくれれば佐助としては有難かったのだがそう全ては上手くいかず、突っ込まれて佐助は目を泳がせる。
気付かれなければこのまま言いたくはなかった。
だが仕方ない。
気付かれてしまったのなら言うしかあるまい。

「理由は色々あるって言ったでしょ?もう一つ、さ…旦那こう言うの苦手じゃない」

破廉恥な事や色恋のあれこれ。
元服した男子とは思えぬほどだ。

手を繋ぐまでは友人でもする。
しかし接吻は違う。
恋仲の者同士がする事である。
だからして欲しいとぼんやり思ってくれていても、いざしようとしたら。
やっぱり嫌だとか気持ち悪いとか。
そうなる可能性は大いにある。
そう思われたらどうしようと佐助は不安だった。
一度拒否をされたらその後はきっと出来なくなる。
寧ろしたくて仕方がないからこそ、一度でも嫌だと思われないよう避けていたのだ。
我ながら必死過ぎて笑えてしまう。

「でも、かすがに叱られてもう腹括ったから」

だから、と一度逸らした視線を戻す。
佐助は真っ直ぐ幸村を見詰めて告げた。

「旦那が嫌じゃなかったらこのまましたいんだけど・・・いいかな?」

聞いても幸村は逃げなかった。
狼狽えるように視線を彷徨わせはしたものの、やがて意を決したように正面の佐助の方を向くと来いとばかりにその目を閉じた。
些か強く目を瞑り過ぎたその顔は顰めっ面になっていたが、それすら可愛いと思うのだから我ながらどうしようもないなとつくづく思う。
佐助は目を閉じなかった。
こんなかわいい姿を見ないなんて勿体無くて目を瞑れなかった。
幸村が目を閉じているのをいい事に、じっとその表情を堪能し顔を寄せる。

そして――

ちゅ、と柔らかな感触。
触れたのは一瞬。
それでも触れた温もりは思考を甘く溶かしていく。
そんな佐助を我に返したのは幸村の色気の無い声で。

「うぉあ!?」

離れて目を開けその距離の近さに驚いたのだろう。
倒れそうな程に仰け反った幸村はそのまま後ろにふらつくので、手を引き支えた佐助は転ばないよう二人でその場にしゃがみ込んだ。
そうして向かい合って、二人。

「・・・どうだった?」

嫌ではなかったかと問えば、幸村は吃りながらもうむと頷く。

「い、嫌ではない・・・その・・・な、何と言うか・・・」

それからもごもごと言いにくそうに。
けれど一生懸命幸村は言葉を紡ぎ出した。

「は、恥ずかしいが、ふわふわして・・・その・・・・・・・・・嬉しかった・・・」

そんな言葉を。
それからへにゃりと力が抜けたように笑う。
その顔がまた・・・

「そっか・・・よかった・・・じゃあ、俺様お茶持ってくるから待っててくれる?」
「うむ!」

何とかその言葉だけを吐き出せば、幸村は今日のお八つは何だと目を輝かせる。
いつもの様子に今日の用意してある甘味を告げ、佐助は颯爽とその場を離れたのだった。








そうして廊下を曲がって幸村の視界から消えた所で佐助はへなへなとその場に沈み込んだ。
怒涛の感情が流れる頭を両手で抱えて蹲る。
何あの可愛い人あんな可愛い生き物がこの世にいるのか今すぐ押し倒したいんですけど流石にそれはダメですよね早いですよねそうですね分かってます!
本当に堪えるのが大変だった。
あの場で襲い掛からなかった自分を心底褒めてやりたいと佐助は思った。

かすがも気付かなかった、佐助が関係を進ませなかった理由。
最後の一つがこれだった。

あの時、そして今も。
幸村は接吻をしたがっていた。
しかし自分はその先をも望んでいた。
故にいざ先に進んだ際、接吻だけで果たして己は止まる事が出来るのかと。
思えばどうしても踏み切れなかったのだ。

よく耐えた俺様これからも頑張れ。
佐助は一人ぶつぶつと呟く。

かすがの予言はここでも見事に当たり、これから待つであろう忍耐の日々を偲びつつ佐助は深い息を吐いたのだった。



しかし幸村も男子であり、行為は知らずとも佐助への思いは深く募り、予言の終わりは意外と早く終わりを告げる事を佐助はまだ知らなかった。









あさぎ先生からのリクエスト。
「戦国佐幸で初めてのちゅー」でした。
先生、改めましておめでとうございました!


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戦国BASARAの佐幸と真田主従と武田軍と西軍大好きなBASARA初心者です。
3→宴→2(プレイ途中)からの現在は4に四苦八苦中(笑)
幸村が皆とワイワイしつつ、佐助に世話を焼かれているのを見るのが何より好きです。
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